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第550話

その日の夕方、生徒会で夕方頃に腹を空かせて帰ってくるであろう千紘のために、体が温まるように鍋を作った。 時間はまだ5時。 けれど外はもう暗くなり始めてる。 部屋のドアがうるさく開いた、 千紘が帰ってきたと嬉しくなって玄関まで迎えに行こうとすると、バタバタと廊下を走りリビングまでやって来た。 「ただいまー!」 「おかえり」 飛びついてきた千紘を抱きとめて、「お疲れ様」と言って髪を撫でる。 嬉しそうに微笑んだ千紘が、突然キョトンと表情を変えた。 「偉成、携帯鳴ってるよ?」 千紘がそう言って、俺の履いていたジャージのポケットからスマートフォンを抜き取って渡してくる。 全く気が付かなかった。 スマートフォンを受け取り画面を見ると誉からの電話で、珍しいなと思いながら電話に出るといつもの冷静な誉とは程遠い、焦った声が聞こえてくる。 「偉成っ」 「どうした」 様子がおかしい。 どうしてこんなに慌てているんだ。 いつもの今の時間は寮にいるはず。それなのに誉がこんなにも焦る出来事が起きるはずはない。 嫌な予感がする。 「あ、あいつの、姉が」 「あいつ?······今どこにいる」 「っ、墓に」 嫌な予感が的中した。 「逃げられそう······ではないな。わかった、すぐにそっちに行く。電話を繋げてろ。絶対に1人で突っ走るな。」 そう言って千紘を見る。 不安そうな表情をしているから、柔らかく笑って見せた。 「······誰?どうしたの?」 「誉」 「何かあったの?出かけるの?」 「ああ。······千紘、留守番できるか?もしかしたら今日は帰ってこれないかもしれない。だからご飯を食べたらお風呂に入って······1人で眠れるか?」 そう言うと千紘は表情を歪めた。 「全部できるに決まってるじゃん。子供扱いしすぎだよ。······俺のことは大丈夫だから、高梨先輩が困ってるんでしょ?早く行ってあげて」 「ありがとう」 急いで服を着替えて、部屋を飛び出し、大通りまで出てタクシーを拾った。 これは誉と、誉の家族、それから親友である俺しか知らない秘密。 誉が番を作らないたったひとつの理由。

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