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第565話 偉成side
風呂から出て来た誉は、昔、恋人を亡くした直後の様に表情を落としていた。
「誉」
「······」
誉の恋人だった真緒には俺も会ったことがある。可愛くて、誉が本当に大切にしていた子だった。
「ココア、温め直してもらった。」
「······真緒に、生きててほしかった。」
誉は番を作らない。
そのたったひとつの理由。
それは、もうこの世にはいない最愛の人を、今でも愛しているから。
今まで何度も、こうして誉が弱っているところを見ている。
その度に誉は何とか自分を奮い立たせ、前を向いていた。
「真緒の笑顔が、だんだん思い出せなくなってくるのが怖い。俺にとって何よりの宝物で、一生大事にしたいのに、最近じゃ思い出す度に白く霞んできてしまってる。」
何にも興味を示さない瞳から、静かに涙が零れている。
「忘れたくない。ずっと残しておきたい。なのに、どうして······」
目元を手で覆った誉が、悲しみを吐き出していく。
それを聞くくらいしかできない自分が腹立たしい。
震える体を抱き締めたいけど、俺にその資格はない。
当時の俺は何も知らなかった。
ある日突然家にやってきた幼馴染は、酷く窶れて今にも倒れてしまいそうだった。
1人でいる事が怖かったのか、毎日の様に家に来るようになって、けれど言葉は交わさない。
何があったかわからないまま時間は過ぎ、初めて真緒が亡くなったことを聞いたのは年が明けてからの事。
ずっと苦しんでいる友達を助けられずにいたのに、親友なんてよく言えたものだ。
「誉、今日はもう眠ろう。真緒に会いに行ったんだろう。きっと真緒も喜んでるよ。」
「······うん」
「髪乾かすから待ってろ」
ドライヤーを持ってきて、濡れている髪を乾かしていく。
その間も震える肩。
俺は何もしてやれない。
誉を救えるのは、ただ1人だけ。
髪を乾かし終えて、誉をベッドに連れて行く。
大人しく寝転んで目を閉じ、静かに俺の名前を呼んだ。
「何だ」
「······ありがとう」
目尻から涙を流す誉の頭をそっと撫でた。
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