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第569話
ペチンっと乾いたいい音が鳴る。
それと同時に頬が痛んで、眉を寄せた。
「晩御飯、1人じゃ寂しかった。」
「······今日は一緒に食べよう。千紘の好きな物を作るよ。」
「偉成の作る料理は何でも好きだけど······」
可愛いことを言ってくれるから、強く抱きしめた。顔を近づけてキスをしようとすると、何か硬いもので頭を叩かれる。
「こんな所でイチャイチャするな。いい加減にしろ。」
「······匡」
匡を睨むと千紘は苦笑を零して、俺の腕から離れていく。
匡の手には丸められた教科書があって、人を叩くのに教科書なんか使うなと怒ってやりたい。
でも、それより。
「千紘、実はついさっき携帯を没収された。」
「はぁ?」
「授業中だというのを忘れててな、千紘に連絡しようと思ったら没収されてしまった。」
「······授業中ってこと、普通忘れる?」
忘れてしまっていたんだから仕方がない。
千紘は小さく溜息を吐いた。
「帰りに先生に怒られに行って。そのついでに携帯を返してもらって。」
「携帯を返してもらうついでに怒られてくるよ」
「それじゃあ反省しないでしょ?」
大きな目が、鋭く俺を睨みつける。
「わかった」と頷くとそれは緩められた。
「それより······高梨先輩は大丈夫だった?」
周りに聞こえないよう、小さな声で口元を俺の耳に近づけて聞いてくる。
「大丈夫。今朝も一緒に来た。」
「そう。よかった」
誉の過去は話さない。
千紘だけじゃなくて、俺の口からは誰にも。
それを千紘はわかっているみたいで、それ以上は何も聞いては来なかった。
「そろそろ授業始まるよ。教室に戻った方がいいんじゃない?」
「そうだな。」
まだまだ名残惜しいけど、千紘から手を離す。
後ろ髪を引かれる思いで教室を離れ、廊下を歩いた。
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