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第570話 誉side

全ての授業が終わった放課後。 席を立つと「高梨さん!」と名前を呼ばれて、声の聞こえたドアの方を見る。 そこには知らない奴がいて、小柄な体格と首にある首輪からオメガだということが判断できた。 「誰」 荷物を持って近付くと、緊張した面持ちでそいつが口を開く。 「お時間、ありませんかっ?」 「······あるけど」 生徒会を引退してからは随分と暇だ。 偉成のように進学するのも有りかもしれないと考えるくらいに。 「ちょっとだけ、お話したくて······」 「わかった」 暇潰しには丁度いいと考えて、案内されるがまま中庭のベンチに腰を下ろした。 昨日は長時間外にいても感じなかった寒さを今日は感じて、偉成に借りっぱなしのマフラーを首に巻く。 「あ、俺の名前は(わたり)です。渡 泰介(たいすけ)、1年です。」 「1年か」 見たことが無い顔だったからそうだろうとは思っていた。 「1年が、俺に何の用だ。首輪をつけてるってことは番なしのオメガだろう。まさか番になれってか?」 「でも······高梨さんは番を作らないって噂聞きました。」 いつの間にかそんな噂が流れていたらしい。 まあ、寮のフリースペースで前に偉成と話したことがあるし、それを聞かれていたのかもしれない。 「だから番にしてほしいなんて言いません」 「······じゃあ、何だ?」 じっと渡を見ると、体をもじもじさせて、意を決したように強い目で俺を見た。 「高梨さんと······」 「······番にはならなくていいけど、抱いてほしいって?」 ビクッと体を震わせる。 図星か······そう思って断ろうとしたら真っ赤な顔をして「違います!」と遮られた。 「何が違うんだよ」 「抱いてほしいなんて烏滸がましいじゃないですか。俺はただ······俺のことをとりあえず知ってもらおうと······」 なんだその小さな願望は。 固まっていると、何も言わない俺に不安を感じているのか、大きな目を潤ませている。 「あー······その為だけに呼び出した?」 「は、はいっ······でもあの、さ、寒いのに、ごめんなさい。」 なんでわざわざ番を作らないって噂が流れてる俺に自分を知ってほしいのかはわからないけれど、一生懸命な姿を見ていると、受け入れるしかない。 「いいよ、教えて。番にはならないし、お前になんのメリットがあるかは知らないが。」 「っ!はい!」 渡が花が咲いたような笑顔を見せる。 一気に胸が締め付けられた。 その笑顔がどこか真緒に似ている気がして、思わず両手をぐっと握った。

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