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第584話

夕方になり、寮に帰ってきたと連絡をくれた誉。 すぐに会いに行くと、ジト目で俺を見てきた。 カバンを受け取って肩にかける。 「ありがとう。助かった」 「どうせ松舞を見て堪らなくなったんだろ。」 「よく知ってるな」 なんせ千紘は可愛い。 素直なところも、ちょっと我儘なところも、寂しがり屋なところも。 「泰介と話してたのを邪魔したわけじゃないだろうな」 「邪魔はしてない。それに宮間を紹介しておいた。」 まるでよくやったとでも言うように、誉は頷く。 「明日、出かけてくる。前は逃げてばかりで真緒とちゃんと話せなかったから」 「······ついて行こうか?」 「大丈夫。······多分」 視線を落とした誉は、無理矢理口元に笑みを浮かべる。 普段からそんなに笑う性格でもないから、無理矢理作った笑みは下手くそで、誰にでも嘘だとバレると思う。 「何かあったらまた連絡してくれ。すぐに行くから」 「お前には迷惑ばかりかけてるな」 そんな馬鹿なことを言う誉に、俺は思わずケラケラと笑ってしまう。 「迷惑をかけてるのは俺の方だろ?今日だってそうだしな。」 カバンを叩いてみせると、誉はふっと笑った。今度は無理矢理じゃなくて、いつもの様に。 「だから何も気にするな。」 そう言って誉の肩に手を置く。 「何かあればすぐに連絡。絶対駆け付けるから。俺は誉の事が好きだからな。」 「······嬉しくないけど」 あ、また嘘吐いた。 口角がピクっと動いた時は誉が嘘を吐く時にする癖。 「そうかそうか。じゃあとりあえず、また明日な。」 「なんでそんなに嬉しそうなんだ」 「秘密だ」 踵を返し、誉に背を向けて部屋に向かう。 明日はいつでも飛び出せるように準備をしておかないと。 「ただいまー」 「おかえりー!」 部屋に帰ると、今はまだ下半身がガクガクで動けない千紘が大きな声で迎えてくれた。

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