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第586話

改札を抜ける。 駅前にはいくつものカフェやファストフード店が並び、腹が減ったなと思いながら店をぼんやりと見た。 「ーー······え」 そこで視界に入った光景はあまりにも奇妙だった。 「な、んであいつが······」 カフェの窓際。 泰介が楽しそうに話している横顔が見える。 「······真子」 その話し相手はこの間も見た、俺が憎んでいる人間。 足が勝手に動いて、そのカフェに入り迷うこと無く2人の座る席に行く。 背中を向けている泰介は俺に気付くことなく、真子だけが目を見開いて、あっと口を開けた。 「泰介」 声を掛けると泰介は振り返って俺を見る。 笑顔を浮かべていた顔が、一気に驚愕の表情に変わった。 「······ほ、誉君」 それを見た真子が俺の名前を呼ぶ。 頭にカッと血が上り、思い切り憎い顔を睨みつけた。 「ここら辺を彷徨くな。」 「っ······」 真子にそう告げ、泰介の腕を掴んで無理矢理立たせる。 「あっ、ま、待って!誉先輩っ」 「黙ってついてこい」 腹立たしい。この上なくイライラする。 どうしてあいつの顔をまた見ないといけないんだ。 しばらく歩いているうちに、泰介が「痛い」と何度も伝えてきた。 人気のない路地裏に連れ込み、建物の壁に泰介を押しつける。 「ひっ!」 「何であいつと一緒にいた」 そうだ。この男はおかしい。 いきなり俺の前に現れて、番にならなくてもいいからと言って傍に居る。 それだけならまだしも、真子と知り合いだったんだ。 真子はまた何かを企んでいるのか? こいつを使って、何かをするつもりなのか。 「っや、めて、怖いです······」 「答えろ!!」 怒鳴りつけるといよいよ泰介の目から涙が溢れ、体を尋常じゃないくらいに小刻みに震わせる。 「っ、い、や······ごめんなさい、怖い、怖いです、本当に······怒らないで······」 荒くなる呼吸を抑えるように深呼吸を繰り返すけれど、上手く頭の整理がつかなくて、とりあえず掴んでいた手を乱暴に離す。 途端、泰介は壁を頼りにズルズルと地面に座り込んだ。 どうやら、アルファである俺の圧にやられたらしい。 そんな泰介を見下ろして、少しでも冷静になろうと唇を噛み、その痛みでおかしくなった頭が落ち着いていく。

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