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第587話

ピチャピチャと小さな音が鳴る。 何の音だと聞こえた方に目を向けると、泰介が呆然と股間を押さえていた。 「······まさか、漏らしたのか?」 「っ、ご、めんなさいぃ······」 深い深い溜息が出る。 いや、仕方ない。これは俺が悪い。 圧力で怖がらせたのは他でもない俺だ。 「······ちょっと待ってろ」 着ていたダウンを泰介の頭に被せ、近くの店で下着とジャージとタオルにウェットティッシュを買う。 路地裏に戻ると泰介は震えながら待っていて、ダウンを預かり代わりに袋を渡す。 「着替えろ。風邪ひく」 おずおずとそれを受け取った泰介。 俺は泰介に背中を向けて誰も来ないように見張っておく。 あの感じだと、俺の頭が少しでも冷静な時じゃないと圧をかけずに話せないだろうな。 いや、そもそも真子に会って何かを企てているのなら、少し脅すくらいが丁度いいんじゃないか。 「ーー終わりました」 聞こえてきた声で振り返り、怯えた表情をする泰介を視界に入れる。 「帰るぞ」 どちらにしろここで話すような内容じゃないか。 帰って、落ち着いてから聞けばいい。 そっちの方がきっと冷静でいられる。 「あの、誉先輩······」 「今は気が立って仕方ないから、また後で話を聞く。」 「······俺、真子さんとは何も無くて」 「後でって聞こえないのか」 腕を伸ばし、泰介の首に手を掛ける。 軽く力を入れると、それだけで緊張しているのがひしひしと伝わって、すぐに離した。 「今は冷静でいられない。」 「······ごめんなさい」 小さく息を吐き、寮までの道を歩く。 一定の距離をあけて後ろをとぼとぼとついて歩く泰介には、かなりの不信感が募っている。 話をする時は偉成にいてもらった方がいいのだろうか。 でも、そうすればアルファの圧が倍になるから、まともに話ができないか。 「チッ」 もしかして、泰介は真緒の事を知っているのだろうか。 ああ。嫌だ。 もう嫌だ。全部嫌になってくる。 「誉、先輩······あの、ありがとうございました。お金、明日、ちゃんと返します。」 気がつけば寮に着いていて、泰介をじっと見ると、俺の視線から逃げるように頭を下げて走っていった。

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