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第591話
話が良く見えない。
眉間に皺を寄せるけれど、俺を見ていない泰介はそれに気付いていない。
「それで、今まではどうでもよかった噂を聞くようになりました。その中で誉先輩の噂を聞いたんです。番は作らないって噂を。愛情深い人がどうして番を作らないのか不思議に思って、思い切って直接話してみようって思ったんです。だから、声をかけました。」
「············」
好奇心が旺盛だとでも言えばいいのか。
何も反応しないでいると、泰介は次々に話し出す。
「真子さんに再会した時に連絡先を交換していたんですけど、誉先輩と話しているとすごく楽しくて······だからその事を伝えたくて連絡をとって昨日は会ってました。本当にそれだけです。」
「······俺が、真子とどういう関係なのかは知らないのか?」
「知りません。昨日の様子を見ていて知り合いなのはわかりましたけど、正直、誉先輩が怒った理由が俺にはわかりません。」
これは、伝えるべきなのだろうか。
ぐっと拳を握る。
「何であんなに怒ってたんですか。」
「······俺は」
伝えて困ることは無い。
ふぅ、と息を吐いていつの間にか俺を見ていた泰介をじっと見た。
「真緒と付き合ってた。真緒が酷い目に遭って苦しんでる間も傍にいた。それが、突然居なくなった。探し回ってももう手遅れだった。······真子が自殺に追い込んだんだ。俺はあいつを許さない。」
「······でも、真子さんは、反省してました。」
「反省すればなんでも許されるのか?真緒は帰ってくるのか?」
熱がスーッと引いていく。
頭はスッキリとしていて、やけに冷静だ。
「でも、そうしないと誉先輩がそこから前に進めないじゃないですか。」
「進めなくていい。」
「······そんなのきっと、真緒さんが望んでないです。」
プツンと俺の中で何かが切れた。
知ったような口を利く泰介に。
おもむろに立ち上がり泰介の胸倉を掴む。
「お前に何がわかる。」
「っ、お、俺は······っ」
「真緒の事を何も知らないお前が、どうして真緒の事を話せるんだ?」
手に力が篭る。座っていた泰介は立ち上がって、俺の手を離させようと必死になっていた。
顔色は赤くなり、苦しいのか目に涙を貯めている。
「金輪際俺に近付くな。」
ゴミでも捨てるように手を離す。
床に倒れ込んだ泰介は噎せて何度も乾いた咳をしていた。
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