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第611話

誉君がアイシングバッグを持ってきて、俺の鼻に押し当てた。 「冷たい」 「そりゃあな。」 そのまま冷やし続け、痛いのもマシになるとテーブルにそれを置いた。 「誉君」 「ん?何?」 「あの······ちょっとだけでいいんだけど、ちょっとだけ、抱きしめてほしいです。」 さっき抱きしめられた時、誉君からすごく安心できる匂いがした。 別に今が不安ってわけじゃなくて、ただ、もう1度その匂いを嗅ぎたい。 そう思ってると、ふわっと体を温かい熱が包んだ。 「誉君、温かい」 「お前も温かいよ」 首を傾けると誉君の頭に、頭がコツンと当たって、それがやけに嬉しい。 「いい匂い。こうやって抱きしめられるの、すごく気持ちいい。」 「ああ」 「誉君の膝に乗ってもいい?」 そう言うとひょいっと体が浮いて、ソファーに腰掛けた誉君の膝の上に向かい合うように座らされた。 「わっ!」 「わって何?こうされたかったんだろ?」 「······うん。誉君優しくて好き」 「ありがとう」 誉君は顔を俺の首筋に埋めて、くんくんと俺の匂いを嗅いでる。なんか犬みたい。可愛い。 「可愛い」 「は?俺が?」 「うん。頭撫でていい?」 眉間に皺を寄せた誉君だけど、負けずにじっと見つめると諦めたように頷いた。 サラサラな髪を撫でさせてもらう。 抵抗もせずに大人しく、俺にされるがままになっているのがまた愛しい。 「やっぱり犬みたい」 「······今なんて言った?」 「いえ、何も。」 「何か言ったな」 「別に、特に、何も。」 やっぱり眉間に皺を寄せている誉君。 鼻先にチュッと唇で触れると、その皺が少し薄くなった。 「俺は犬じゃない。それに似てもいない。」 なんか、こういう感じいいな。 すごく優しい時間。嫌なことなんて何ひとつ考えなくて済む。 「誉君、このままずっと一緒に過ごしたい。」 「······そうだな」 この願いは叶うのかな。 誉君と、ずっと一緒に優しい時間を過ごすことができたらいいのに。

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