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第690話

「ん······」 目を開けて数秒間、何も考えられずにぼんやりとする。 寝返りをうつと、誉君の綺麗な顔が目の前に現れて驚いた。 その頬にそっと触れて、キスをして離れる。 「今何時······?」 時計に目をやると夜の7時。 道理でお腹がすいているはずだ。 「誉君、起きて」 「······ん」 「もう夜だよ。お腹すいちゃった」 寝惚けているみたいで、抱きしめられ、胸に顔を埋めてくる。 「ほ、誉君······?あの、起きて?」 「······まだ寝たい」 「ダメだよ。もう7時だもん」 髪を撫でてそう言うと、顔を離して俺を見上げてくる。 「起きて」 にこりと微笑んだ誉君は、そのまま、また眠りに落ちる。 その笑顔の可愛さに絆されてしまい、仕方ないなぁ、と髪を撫でていると誉君が何か呟いた。 「ん······まお······」 「······え」 音が無くなる。誉君の髪を撫でていた手も、ピタリと止まった。 「······何、それ」 俺じゃなくて、真緒さんの名前を呼んだ。 ただの寝言だってことは分かる。 でも、俺にとっては少しショックで、唇を噛んだ。 真緒さんとの幸せな夢をみているのだろうか。 そう考えると、少し虚しい。 「······」 誉君から離れて、1人でお風呂に入る。 髪も体も綺麗に洗って、キッチンに立ちカップラーメンを食べようとお湯を沸かす。 「······ふ······っ」 急に涙が溢れてきて頬に伝い落ちていく。 やっぱり、誉君は真緒さんを望んでいるのかな。 どうしても俺は、真緒さんに負けているという気持ちがあって、誉君が夢の中で真緒さんに会えることは、誉君にとって良い事なのに、素直に喜べない。 「──泰介」 名前を呼ばれて、慌てて涙を拭った。 振り返ると、下着だけ履いている誉君が欠伸をしながら立っていて、下がりっぱなしだった口角を無理矢理上げた。 「ごめんね。先にお風呂入ったよ。あとカップラーメン食べるね」 「······またそれ食べるつもりか。ちょっと待ってくれたら俺が作る。待てないなら寮食を食べに行こう」 「ううん、今日はこれが食べたいから。誉君は誉君の好きにしてくれたらいいから。」 誉君は眉間に皺を寄せたけれど、少しすれば頷いて、「風呂入ってくる」と、着替えを持ってお風呂場に行った。 明日から、久しぶりの学校なのに気分が沈む。 それに俺はしばらく休んでもいたし、ちょっと心が重たい。 湧いたお湯をカップラーメンに注ぎ、3分待った。

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