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第693話
「その時は俺と千紘のところにおいで。仲直りできるまでずっと居ればいい。」
息を吐いた渡は、口元に小さく笑みを浮かべた。
まだ少しぎこちないけれど、泣かれるより随分マシだ。
「ありがとうございます。誉君に、話してみます。」
「ああ。この際だ。嫌だと思っていることは全部ぶつければいい。」
「嫌なところなんて無いですよ。」
今度こそちゃんと笑った渡に安心して、立ち上がった。
その時、前に千紘がチラッと言っていたことを思い出す。
確か渡はいじめを受けて、それ以来学校を休んでいた。
「教室、行けそうか?」
「はい。大丈夫です」
「······教室まで送る。ついでに千紘を見てから俺も教室に行くことにする」
「千紘先輩のこと、大好きなんですね。」
「当たり前だ。千紘は俺の運命なんだ。本当は離れたくない。」
今朝だって本当なら一緒に登校していたのに。
俺が愚痴を零していたせいで······。
「そんなに愛されてる千紘先輩が羨ましいです。」
「何言ってる。渡も相当、誉に愛されてると思うぞ。」
「······そうですかね?」
「誉の幼馴染で親友の俺が言うから間違いない。」
保健室を出て、渡を教室まで送る。
「今回だけじゃなくて、何か相談があればいつでも聞く。······まあ、ちょっと、今日は特に上から目線な回答だったと思うが······。」
「いえ。先輩のおかげで誉君と話す勇気が出ました。ありがとうございます!」
渡はクラスメイトの視線を浴びている。もしかして、いつもこんな感じなのだろうか。
首輪は無いが、その代わりに項にある印。
それは世間にとって、渡を差別するには十分な理由。
「渡。お前の学校での居場所はここだけじゃない。辛くなったらいつでも逃げていい。」
「······逃げたら、誉君が心配しちゃいます。」
「少しくらいいいんだよ。あまり1人で溜め込むな。」
「ありがとうございます」
また泣きそうな表情をする。
本当は誉を呼びたいけれど、渡は嫌がるだろうし······。
「いつでも連絡してきていいから。」
「はい。」
渡に手を振り、廊下を歩いて千紘のところへ向かう。
けれどその道中でチャイムが鳴り、千紘に会いに行くのは諦めて自分の教室に向かった。
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