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第696話

「夜、一緒に寝ていた時、真緒さんの名前を呼んでた······。すごく、幸せそうだった。」 はっとして、手をぐっと握る。 寝ていた時のことは覚えていない。それに自分ではどうにもできない。けれど、確かに、泰介を不安にさせるには充分な出来事だ。 「誉君は俺を選んでくれたけど、やっぱり······代わりなんじゃないかって思っちゃったの。」 「そんなわけないだろ!!」 思わず大きな声が出る。 泰介は体を震わせて、大きな目に涙を滲ませた。 「だ、だって······だってぇ、本当に、幸せそうだったから······っ」 「正直、名前を呼んだことは覚えていない。でも······悪かった。泰介は真緒の代わりなんかじゃない。」 「そ、それだけじゃ、なくて、こんな······こんなことで嫉妬しちゃう自分が、すごく嫌だったっ」 ついに泣き出した泰介は、手の甲で一生懸命涙を拭うけど、次から次に溢れてきては頬を濡らす。 「誉君が幸せなら、それでいいの······、相手が俺じゃなくても幸せだと思えると、思ってたの。なのに、こんなに嫉妬して、誉君のこと困らせて、でも解決する方法もわからなくてっ」 「泰介」 「誉君が真緒さんのこと大切に思ってることは知ってるのに、こんな······こんな自分勝手な感情で、誉君に当たってごめんなさい」 泣いて、何度も謝る泰介に胸が痛む。 立ち上がって、泰介の前に立ち、そっと抱きしめると、余計に泣き出してしまった。 「泰介は悪くない。何も悪くないから、謝らないでくれ。」 「っ、ん······っ」 「不安にさせて悪かった。」 まだ不安の匂いは消えない。 それだけ傷つけてしまったんだ。

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