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第718話

「千紘はオメガだ。だから体も華奢だし、可愛らしい容姿をしてる。誰から見ても魅力的に映るから、誰かに襲われたり攫われたりするのは想像でもなんでもない。現実に何度もこの世界で起こっていることなんだ。」 「······うん」 「千紘の行動を制限したいんじゃない。俺はただ千紘を失いたくないし、傷付いてほしくないから、1人で行動しないでほしいんだ。」 今度は偉成が泣きそうな表情をしている。 それだけ心配をかけてしまったことに申し訳なく思って、素直に言葉を受けいれて謝った。 もう1人で勝手にどこかに行ったりしない。大切な人を悲しませる結果にしたくないから。 「俺も、部屋に籠ってばかりで千紘とろくに話もしてなかったことを反省してる。」 「偉成は悪くないよ!受験があるんだもん。勉強してていいんだよ。何も悪くない。」 悪いのは本当に俺。 心配を掛けて、挙げ句の果てに知らない男性から『運命の番』だなんて言われてしまった。 「あの人、なんだったんだろう?」 「······千紘とキスしてた」 「っ!あ、あれは不可抗力なのっ!偉成の声が聞こえたから、顔を上げたら······」 思い出すと気持ち悪くなって、吐き気に襲われ口を手で覆う。 「千紘?」 「っ、き、気持ち、悪い······っ」 偉成にトイレまで運ばれ、便器に顔を突っ込んで吐き出した。 けれど胃の中には何も無くて出るのは胃液だけ。 「多分、番じゃない相手にキスされたから、拒絶反応が出てるんだと思う。病院に行くか?」 「ううん、大丈夫。」 水を流し、洗面所で口を濯いだ。 そうか。オメガの体は番を持つとその人にしか受け入れなくなるのか。 「本当に?」 「うん。······それよりも、話がしたい。さっきのあの人、俺の名前も偉成の名前も知ってた。」 「······そうか」 難しい顔をした偉成が、俺がじっと見ていると気づくと小さく笑って頭を撫でてきた。 「他には何を言われた?」 「あとは······俺が運命の番だって。見つけたって」 「······千紘の運命の番は俺だが」 「うん。だからそう言ったら勘違いしてるって言われて······。でも、何であの人の匂いで発情期になったんだろう?それもおかしいよね。」 偉成と初めて会った時でさえ、発情期にはならなかった。 ただどくどくと、心臓が激しく動いて······あの時のことを言葉にするのは難しい。 多分もう、一生味わうことの無い感覚だと思う。 「発情期については分からないけど、これからは1人で行動しないように。」 「うん」 「もし俺と一緒にいない時にまたあいつと会ったら、その時は絶対に逃げろ。」 「わかった。」 でも、俺を見て『運命の番』『発情期』という言葉を使ったし、俺には実際発情期がきた。 ということは、あの人はきっとアルファなんだろう。 オメガの俺がアルファから逃げられるだろうか。 その時一緒にいるのが匡や生徒会の人ならまだしも、優生君だったら······。優生君も同じオメガだから、不安に思わせてしまうかもしれない。 「······暫く、学校の敷地外には出ないようにする。」 「ああ」 抱きしめられ、頭を優しく撫でられる。 甘えるように擦り寄ると、額にキスをしてくれた。 匂いからもう怒っていないことはわかるけれど、それで漸く安心できて、力を抜いて偉成にもたれ掛かる。 「勉強してたのに、邪魔してごめんね。」 「大丈夫。邪魔じゃない。もともと休憩するつもりだったから。」 優しいから、俺が落ち込まなくていいようにそう言ってくれる。 やっぱり、俺は偉成が1番。 誰よりも大好き。 俺の運命の番。

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