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第720話

偉成が俺の頭を胸に抱いて、俺の名前を呼んだその男に顔を見せないようにする。 「赤目君。千紘が苦しそうだ。離してあげてくれ。」 「黙れ。何の用だ。何でここに居る」 偉成の怒っている匂いがする。 声もいつもよりずっと低くて、アルファの圧力に体が震えだす。 「千紘に会いに来たんだ。運命の番なんだからそれくらいいいだろう?」 「巫山戯るな。千紘はもう俺の番だ。契約してる。例えお前が千紘の運命だとしても上書きはできない。諦めて消えろ」 震えているとわかったのか、偉成に優しく背中を撫でられる。 『大丈夫、安心しろ。』っていう言葉が今にも聞こえてきそうだ。 「諦めるわけがないでしょう。こんなに可愛いオメガを、どうやって諦めるんだ。千紘、こっちにおいで。そんな野蛮なアルファは嫌でしょう?」 話しかけられて驚き、咄嗟に顔を上げる。 その時フワッと嗅いだことのある匂いが鼻腔を掠め、また体が熱を持ちだした。 「い、偉成、また······っぁ、か、帰ろ、寮、帰ろうっ」 「っ······」 どうして。何で。 これは前に嗅いだあの人の匂いだ。 この匂いに体が勝手に反応する。 「発情期、始まったかな?」 「来るなっ!いい加減にしないと警察を呼ぶぞ!」 偉成に抱っこされ、来た道を帰って行く。 なんでこんな事に······。 不安が胸を満たして涙が溢れた。 「千紘、大丈夫。もうあいつはいない。大丈夫だからな」 「偉成ぇ······」 寮に戻りソファーに下ろされる。 すぐにいつもは飲まない抑制剤を飲むように言われて、渋々飲み込んだ。 こんなの今更効きやしないのに。

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