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東條彰仁
この家は広い。
家族から結婚を迫られ、今は誰とも近くに居たくなくて自室に逃げ込むのに、そんな気持ちを知ってか知らずか両親や兄は部屋にやってくる。
ついには義姉も甥を連れてやって来て、結婚は幸せだ、子供は可愛いと言う。
義姉や甥を無理矢理追い出すことは出来ないから、我慢していたけれど、そろそろ限界だ。
「……家を出る。仕事は知らん。結婚を押し付けるな。」
そう行って荷物をまとめる俺を、両親と兄は焦って止める。
俺が見つけてきた仕事や、俺が主として働いるものもあったけど、そんなことより自分の生き方を優先したい。無責任だと言われようが自分を失うよりマシだ。
「わかった、結婚はまだいいから、だから出ていくのはやめろ。」
「……」
「お前はうちの稼ぎ頭なんだ。わかるだろ。」
確かに俺は兄より出来がいい。
兄に五年かかったことを、俺は二年でやり遂げた。
必死に縋り付く両親達に嫌気がさして、荷物を放ってまたあのバーに行く。
今日も彼はいた。
俺を見ると笑顔で「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
「今日も前と同じの?」
「……そうする」
カウンター席に座り、酒を飲んでぼんやり愚痴を零す。
「へえ、じゃあ彰仁さんは東條っていう有名な財閥の息子さんなんだ?」
「……そう。それで、結婚しろってあまりにも毎日うるさいから、嫌になって家を出るって言ったらそれだけは止めてくれだって。」
「解決方法は一つしかなくない?お兄さんがいい人見つけて結婚する。」
「……一番平和的だがいい人が居ないから無理だと思う。」
俺も高校生のうちに、あの白樺で運命の番を見つけられたらよかった。それか高良のようにオメガを漁ればよかったか。
「彰仁さん、俺のことどう思う?」
「……急に何ですか。」
「いいから、教えてよ。」
酒を一口飲んで考える。
そうだな。優一さんは話しやすくて、変に気負わなくても良い。見たところ年上だし、落ち着いていて俺も落ち着く。
「優しい人です。話をちゃんと聞いてくれるし、酒美味いし。」
「あはは、ありがとうございます。」
優一さんはカウンターに肘を着き口角を上げる。
目をじっと見られて、俺も見つめ返す。
形のいい唇が開かれて、小さな声が零れ落ちる。
「俺はね、実はオメガなんだよ。まあ……ちょっと、色々ワケありなんだけど。」
「……オメガ」
「うん。首輪は仕事中は取ってるんだ。オーナーに言われてね。店員がオメガだとクレーム入ったり、トラブルが起こることも少なくないし……。」
「クソみたいな世の中ですよね。性別が何だって。」
「彰仁さんはそう言うと思ってた。……ねえ、俺ね、零時で上がりなんだ。この後、時間ない?彰仁さんともっと話したい。」
特に用事は無い。頷くと嬉しそうに笑うから、少しだけ驚いた。
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