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栗原優一
今までないくらい急速に事が進んでいる。
ある日働いているバーにやって来た男性。見たところ年下だけれど圧倒的な存在感。アルファだと一目見て分かった。
アルファなんて滅多に出会えないから、俺から話しかけて初めは名前を知っただけ。
彼の名前は彰仁君。
次に彼が来た時は相談をされて、気が付けば夜遅くに二人きりで食事をして、彼の悩みを解決するために彼の恋人の振りをすることになった。
二日後に彰仁君のご両親に挨拶し、彼の部屋でやっぱり無理だと言ったところ、「付き合ってください」と言われてドキリと胸が鳴る。
これはもしかして、この真剣さはもしかして、嘘じゃなく本当に付き合ってくれということなのだろうか。
それを聞くのも無粋かと思って、ぐっと決意した後に「よろしくお願いします」と返すと、彰仁君は小さく微笑んで「こちらこそ」と返事をしてくれる。
これは、まさか、本当に?
***
「優一さん、借金はいくらですか。」
甘い雰囲気になるかなと思っていたけれど、そんなことは微塵もなく、寧ろ悲しい話題を投げられて今にも泣きそうだ。三十路を迎えたのに情けない。
「あ……あと百万くらいです。」
「じゃあもう、先に払います。借金があるって事が嫌だろうし」
「え、いいの?」
「はい。」
トントン拍子で話が進み、数日後には全額返済できて俺は何故か今日も彰仁君の部屋にいる。
彰仁君に呼ばれてここに来たわけだけれど、俺は仕事をしている彰仁君の傍で、何をすることも無くソファーに座っているだけ。
彰仁君は何も言わない。
俺も、何も言わない。
でもそれが一時間もすると耐えられなくなって、「彰仁君」と名前を呼ぶと、パソコンを見ていた目が俺に移った。
「俺は、何でここにいるんだろう?」
「俺が呼んだからですね。」
「……どうして呼ばれたんだろう?」
「呼びたくなったから?」
「……」
なんて言えばいいのかわからなくて、むぐっと黙ると彰仁君の目はパソコンに戻ってしまう。
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