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栗原優一
彰仁君に連れられて、大きく背の高いビルに着いた。
そのビルの七階で降りると、広いフロアが広がっていて、彰仁君が現れるとそこに居た多くの人が立ち上がり「お疲れ様です」と声を掛ける。
見た目は何でも有りみたいで、派手な髪色の人がいたり、服装も色とりどりで、そこにいる人達全員が自分の個性を理解している人なんだろうなと思う。
「信濃 さん」
彼は誰かの名前を呼び、それに応えるように人が現れた。穏やかそうな人だ。彰仁君が俺の背中を優しく押して「栗原優一さんです。」と紹介してくれる。
「来週からここで働いてもらいます。君に彼の教育係を頼みたい。」
「はい。」
彰仁君が信濃さんと呼ばれる二十代後半か三十代前半に見える男性と会話をしている中、俺はフロアをぐるっと見渡した。
広い。広すぎる。
俺はこれからこんな立派な場所で働くのか。
「優一さん」
「あ、はい」
話が終わったのか、彰仁君が俺の手を掴み、その状態でフロアの奥に案内される。
すぐ傍に大きなガラスの窓があって、その前にまたまた立派なデスクがあった。
「ここ、使ってください。」
「……ここ?」
「はい。お気に召しませんか?」
「違っ……あの、俺、こんな立派なところ無理です……。本当に、あ、物置とか、そういう所は無いですか?」
こんなに良くしてもらっているのに、こちらから新たに提案するなんて失礼だけれど、それが気にならないくらいこんな場所俺には勿体ない。
気分を悪くさせてしまったみたいで、彰仁君は眉間に皺を寄せている。
「優一さん。貴方を物置のような場所で働かせるつもりは無いです。人目や目立つ所が嫌なら、それは配慮します。でも物置なんて……それこそ俺の方が無理です。」
「……ごめんなさい」
「いえ。ここは嫌ですか?」
「……嫌じゃないです。自分に見合ってないと、思っただけで……」
段々と小さくなる声。
優一君の溜息が聞こえてビクッと肩が震える。
「貴方は俺の恋人ですよね。嘘だとしても今はそうです。俺は恋人に惨めな思いをしてほしくない。それに貴方は綺麗だから、もっと自信を持って。」
「綺麗!?」
驚いて大きな声を出してしまった。
口を手で覆う。
そんな真っ直ぐに言葉を伝えられたのは初めてだ。
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