771 / 876

朝帰り事件 千紘side

偉成が大学四年生になった。 このまま行けば来年の春には卒業する。 俺は相変わらず偉成と一緒に暮らして、毎日幸せに過ごしている。時々喧嘩をしても、いつの間にか一緒に居て仲直りをするという繰り返し。 そんな毎日の中、事件が起きた。 偉成が大学から帰ってこないのだ。 夕方頃に同じゼミの友達とご飯に行くと連絡があった。でもそれきりスマートフォンはうんともすんとも音を立てない。 『遅くなりそうだったら連絡をする。』と言っていたくせに。 今はもう夜中の二時。電話を掛けてもメッセージを送っても反応は無くて、何かあったのかなと不安になる。 偉成がいなくなった不安に駆られ、十数回目の電話を掛けた時、漸く繋がった。慌てて名前を呼ぶと帰ってきたのは女の人の声。「さっきからうるさいなぁ」と文句を言われる。 「えっ、と……?偉成は……?」 「いっせー君は、隣にいまーす!寝てるよ!」 隣にいる。女の人の隣で寝ている。 その事実は正直キツかったけれど、ただ眠っているだけだろうから気にしないでおく。 「えっとー……あんたは……ちひろ?ちひろであってる?」 「はい」 スマートフォンに表示されている名前を読んだのか、確認された。女の人は何が楽しいのかケラケラ笑う。 「いっせーくん!ちひろだよ!ちひろから電話!おーい、おーい!起きて!起きなさーい!」 気を利かせて偉成を起こそうとしてくれているその人。けれど、偉成からの反応は無いらしい。 「いっせーくん!」 一際大きな声がスマートフォン越しに聞こえた。 あまりの大きさに苦笑を零す。 「……うるさい、切れ。」 偉成の声が聞こえてきたと思えば、冷たい声で通話を切るように女の人に言った。 女の人はそれに従って通話を切る。 「…………」 何も映さない画面を数秒眺める。 あの女の人は大分酔っていたと思う。 偉成もきっと沢山お酒を飲んで酔っ払ったんだ。それで眠たくて寝てしまった。それだけ。 きっとそれだけ。 そう思うことにしたけれど、自分が思っていたよりも悲しかったみたいで、胸がきゅっと締め付けられる。それを無視してスマートフォンを静かに置き、電気を消して一人ぼっちの広いベッドで眠った。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!