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お試し期間
「何で、そんなことすんの……。諦めようって思ってたのに、そんなんされたら、諦められへんやんか。」
「諦めなくていいんだよ。何を諦める必要があるんだ。」
「や、やって……」
「俺達はお前が適任だと思ってる。それに加えて周りからの信用もある。だからお前を生徒会長にしたい。」
手を離して、他の先輩を見ると柔らかく微笑んでるだけ。誰も寒沢先輩の言葉を否定しない。
それが嬉しかった。皆そう思ってくれてるんだと思うと、幸せに似た感情が胸を満たしていく。
「お前が拒否するなら、『オメガだから』以外の理由じゃないと俺は納得しないぞ。」
「……寒沢先輩」
「何」
目に溜まっていた涙が溢れて、頬に流れる。
ぎょっとした様子の先輩は慌てて俺の頬を撫でて涙を拭ってくれる。ちょっと雑で痛いけど、それが先輩らしい。
「俺、生徒会長なりたい。」
「ああ。なれ」
「生徒会長、なる。」
そう言って顔を上げると、先輩は優しく笑って俺の頭をガシガシと撫でた。
***
漸く涙が止まった。
ぼんやりとしながら、スマートフォンを弄る寒沢先輩を見上げる。
泣いている間、俺が突然抱き着いたから先輩は嫌がって拒否すること無く、ずっと抱き締め返してくれていた。さすがに立ったままは疲れるみたいで、今は彼の膝に座っている。
顔が近い。今ならキスできそう。
「先輩」
「何?泣き止んだ?」
「……鼻水出てくる」
「汚ねえな」
そう言いながらティッシュを取ってくれて、俺は鼻をかみ、また先輩を見上げる。
「キスしていい?」
「……今ここにいるの俺達だけじゃないってわかってるよな?」
「うん。でも今したい」
呆れた様な表情。けれどそれは解けて顔が近付き、唇にちゅっと柔らかい感触がした。
「終わり。あとは二人の時だけ」
「……後でしてくれるん?」
「うん」
嬉しくてギュッと抱きつく。
「苦しい」「痛い」と言いながらも解かれない。
「二人は付き合ってるの?」
「今はお試し期間なんです」
「は?それでキス?意味がわからない」
井上先輩はそう言って、肘をつき手に顎を乗せた。
「寒沢が本気じゃないなら、俺が貰おうかなぁ。」
「え、井上先輩何言って……」
「井上、やめとけ。こいつは口は悪いし強引だし大変だぞ。」
「はっ!?それはあんたもやろ!」
ネクタイを引っ張ると本気で焦った顔をした寒沢先輩にニヤニヤ笑ってやった。
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