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04.月次報告会 ①

「月次報告会なんて言われても、場所がこんな子持ちのマンションじゃぁ、なんかこうアガらないのよねえ。BGM、幼児番組だし」 「まあ、税金対策にもなるし、事務所を持つという選択肢はありですね」 「は?いちいち移動がめんどくせーから嫌だよ。 つーか、そもそも俺は子持ちじゃねえっつの」 「れっきとした子持ちですよ。 ユウを養子縁組したじゃないですか」 「それはそうだけど……って、うるせえな。 揚げ足取るんじゃねえ」 「じゃあせめてもう少し広くて綺麗なマンションに引っ越しましょうよ~。 近くに新しいの建ててたわよ~」 確かにここは五年前に立地条件だけで決めた単身者用の安マンション。 入居時にフルリフォームしたとはいえ、全体的な古さはぬぐえない。 けれどもこの家での生活に、俺もユウも特別不満はない。 「ともかく引っ越さないし、買わない。 大体ここの住所で本社登録してんだ、変えると色々めんどくせーんだよ」 「だからこそ会社の規模が小さいうちに、という考え方もあるし」 「これから右肩下がりしていくかもしれないから、このまんまにしておいた方がいいって考え方もあるし?」 「お、ま、え、ら」 俺はイライラしながら電子タバコの口をギリギリと噛みしめる。 「それ、割れると危ないから噛み締めない方がいいですよ」 「うるせえ!知ってら!」 龍貴が呆れた様子でひとつため息をつく。 それから資料を広げたのを皮切りに、ようやく会議の始まりだ。 うちの会社の事業内容は、大きく二つ。 一つは、飲食。 ……というと聞こえがいいが、キャバクラとホストクラブの経営だ。 今現在、系列店を二店舗持っている。 元々は俺が仕切っていたのだが、今は龍華に一任している。 こいつは適当そうに見えるが、前職は美容師で、店長まで勤めあげた経験がある。 経営手腕もあり、売り上げも好調、特に問題はない。 まあ、敢えて課題を挙げるとすれば、サチっていることぐらいか。 もう一つは、卸売。 元々は、持っていた飲食と、それ繋がりの風俗店の経営者繋がりで始めた。 最近は実店舗も構え、他社製品だけでなく、海外メーカーからの買付けや自社製品にも手を出している。 更にグッズだけではライバルも多く、儲けも薄いので、映像商品も取り扱いを始めたのだが、これがなかなか手厳しい。 ということで、今、俺は卸売専任になっている。 ともかくこちらを早く軌道に乗せるのが目標だ。 「まず"卸"の方だが……。」 「今月は何とか"トントン"ですね。 資料をどうぞ」 「おー。 まあ、周辺の″島″への卸があるから成り立ってる感じ?」 「グッズ関係の売り上げはそうです。 しかし、映像に関しては、"赤"です。 半年前に出したユウのセルが何とかまだジャンル売り上げ9位に残り健闘していますが、それもあと1、2ヶ月持てばいいところでしょうね」 「まああの子、顔だけはいいものねえ。 人気が出るの、オネエの経験的にわかるわ」 「次回作の要望はかなり来ていますね。 そろそろ出してもいい頃かもしれません」 「次はねえって一つ目のときに言ったろ。 この前は、やむを得ない事情があったから。 ただそれだけだって」 「けど、あの子かなりノリノリだったし。 またやりたいって珍しく意欲的だったじゃない、やらせてあげたら~? セックス大好きみたいだし、手慣れてて楽でいいじゃない」 「セル動画でなくても、グラビアや雑誌取材のオファーもかなり来ていますから、そちらという手も」 「駄目だ、つーかもう全部断ったし」 「んまっ、もったいない! もお、カイさま、ホントあのワンコに対して過保護よね~!えこひいきだわ~」 「龍華!」 「やだ怖い、怒鳴らないでよ」 「お気持ちはお察ししますが、このままだと卸が間違いなく飲食の足を引っ張るようになります。 ご検討をお願い致します」 「……」 血が上った頭を落ち着かせようと、電子タバコの煙を吸い込む。 けれど紙巻き煙草とは違い、中身はただのメンソール。 ニコチンが不足し始めた脳は、なかなかイライラを治めることが出来ない。 「……ともかく。 こっちは、″頭取″まわりを中心に、もう少しマジな営業をかけてみるさ。 初回契約の時より、取り扱い商品もかなり増えているしな。 最近日本無認可の"サプリ"や"医療機器"の要望もチラホラ出てるし、個別での対応も検討している。 法律に関するところは、別途またお前に相談するよ。その時は頼むな、龍貴」 「はい、お任せを」 「流石、現役のお医者さま。 医師免許って便利なのね~」 「現役じゃねえよ、"元"だ。 現役でこんなことをしようってヤツはいねーよ」 「あれ?けど、勤務医もしてらっしゃいますよね? 昨年の確定申告で……」 「あれはただのバイトで、小遣い稼ぎ程度。 現役と胸張れるほどやってねえよ。 勤務医の肩書きがあった方が、隠れ蓑になって便利なんだ、色々とな。」 「えー、隠れ蓑の割には目立っちゃってるわよね。 風邪を引いて近所の医者に行ったら真っ白な男が出てきたから、とうとう死神がお迎えが来たのかと思ったって、この前お客さんが……」 「あ"?」 無神経な龍華の言葉で、俺のイラつきは最高潮に達した。 怒りに任せて机を蹴飛ばすと、龍華が"しまった"という顔をする。 俺は先天性白皮症、アルビノだ。 メラニン色素が欠乏したこの体は、どこもかしこも真っ白。 瞳は血管の色がそのまま浮き出て真っ赤。 普通の人間の容姿ではない。 俺は今までこの見かけに、どれだけ苦しめられてきたことか……。 それに、医師という仕事は、時に患者に死をもたらす。 ……死神という揶揄は、確かにあながち間違いでもないのかもしれない。 だけど。 ……だけど、さ。 だめだ、上手く考えがえもまとまらなければ、この感情をどう処理したらいいかも分からなくなってきている。 イライラし過ぎて、とうとう指先が震え始めた。 そうだ、煙草。 ヤニが足りなくなったのもきっと原因のひとつだ。 とりあえずは、まず煙草を吸おう、そうすれば……。 そう思って、テーブルの端に追いやった煙草の箱を取ろうとした、その時。 すっとその煙草が消えた。 と、同時に。 「カイを、いじめるな!」 静寂を打ち消す大声が響き、ペン、ノート、携帯、ライター……次々と俺の目の前から物が消えて行く。 いつの間にか俺の横にいたユウが、片っ端からテーブルの上のものを龍華に投げつけていたからだ。 「ちょっ、やだ、いたっ!」 「りゅーかのばか!ばか!ええと……ばか!!!」 「いや、語彙力無さすぎるだろ」 思わずそう全力でつっこんで、はっと我に返った。 その瞬間、指の震えが止まり、波が引くように、すっと頭が冴えて冷静になっていく。 「……うああん!ばかあ!」 とうと投げる物がなくなったユウは、手を上下にばたつかせて泣きわめく。 本来、ユウは性格的に穏やかで感情の起伏も少ない方だ。 これだけ暴れるのは、珍しい。 余程腹に据えかねたものがあったのだろう。 "カイをいじめるな"……か。 頭の中で、ユウの言葉を反芻した。 そして"かわいい顔"も台無しになるその泣き顔を見ていたら、すっと波が引くように冷静になって、さっきまでのイライラも治まってきてしまった。 「さっきのは言葉が過ぎたぞ、龍華」 タイミングを見計らい、厳しい声で龍貴が窘めるように言う。 龍華も、珍しく素直にそれに従った。 「わかってるわよ。 カイさま、ごめんね?」 「……ああ、気にするな」 「えーん、りゅーかのばかー!」 「お前ももう泣くな。 男の子だろう」 「だって、カイ……りゅーか、カイのこと……」 「もうそれはいいから」 ユウの背を撫でて落ち着かせ、俺も改めて椅子に座り直す。 それから龍貴の前まで飛ばされた資料を引き戻し、仕切り直した。 「勿論、場合によっては次の事も考える。 が、ユウの人気はビギナーズラックの可能性も高いし、恐らく一時的なものだろう。 龍華の言葉を借りれば、こいつはゲイビに出るには顔が良すぎるし、俺と同じで毛色も珍しいからな。けど、それだけだ。 だから、調子に乗ってそんな水物にあやかるよりも、まずはベース固めを優先したい。 長期的に見れば、絶対その方が有効だ。 他にいい演者がいないかも含めて、当たってみるよ」 それにしても経営って難しいよなあ。 色んな本を読んでみたが、まあその通りになんか行きやしない。 不本意な数字に奥歯を噛み締めながら、資料を閉じた。 さて、次は龍華の飲食の報告だが……。 その時、急にスッと隣にあった熱が消えた。 ユウが椅子から降りたからだ。 龍華が俺に謝罪したことで気持ちが治まって、元々の"テレビを見ていろ"といういいつけを守ろうとしているんだ。 「……ここにいろよ」 次の準備をしている二人に聞こえないように、小さな声で、俺は思わずそうユウに告げる。 ユウはすぐにこちらを振り返った。 ……って、いや、何を言ってるんだ、俺は。 だが、そのユウの不思議そうな顔を見てハッと我に返った俺は、照れ隠しに咳払いをしながら続けた。 「や、退屈だろうから、やっぱいいや。 向こう行」 「ここ、いる」 ユウはにっこり笑いながら食い気味にそう返して、再び寄り添うように俺の横に腰掛けた。 「ユウ、ここ、いるよ」 「……」 布越しに伝わるユウの体温は、やっぱり心地よくて、それだけで落ち着く。 「ふん、じゃあ、好きにしろ」 しかしそれをこいつに察されるのが癪で、横を向いた。 一方、ユウは"ふふっ"と小さな笑い声を漏らし、嬉そうに俺の肩に頬擦りをした。

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