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05.月次報告会 ②
さて、次は飲食事業担当の龍華が報告をする番だ。
「はーい、ただ今。ちょっと待ってねえ」
龍華はカバンからギラギラにデコりまくったタブレットを出し、俺の前に差し出す。
「二店舗の売り上げは先月からほぼ横ばいよ。
ただ、来月は大勝負になるわ!」
そしてヤツが出した資料は、来月オープン予定の新店舗の間取り図だった。
「おー、出来たのか。」
「昨日、工事が無事に終わったの。
家具の搬入も来週には完了するわ」
龍華は目を輝かせて言う。
新店舗は会員制のホストクラブ。
しかしターゲットは女性ではなく、"男性"。
男性向け店にありがちなニューハーフではなく、正真正銘の男性ホストによる接客を行う。
同性に対する指向は、寛容になってきたとはいえ、まだまだ大っぴらにしにくいのが現状だ。
社会的なステータスを持っている人間なら、尚更。
そんな人たちが安心して楽しめる店を作りたいというのが新店舗のコンセプトを決めた出発点。
かねてからの念願が叶った龍華のモチベーションは、かなり高い。
今まで利権の関係で出店しあぐねていたのだが、さっきも話題に上がったこの辺りを取り仕切っている美世家の次男、通称″頭取″が、やっと空き店舗の営業権をうちに回してくれたのだ。
ま、俺の人徳があってこそだよな。
同性キャストによる接客サービスは、増えてきたとはいえ、まだまだニッチな市場だ。
どう転ぶかは未知数で、勿論懸念も多くあるが、やはり新しいことを始めるのは、とてもワクワクする。
「内覧会は再来週だっけ?」
「ええ、そうよ。出席者も決まったわ。
希望者が多くて、選ぶのが大変だったんだから!」
「おお、すげーじゃん」
龍貴が俺に内覧会出席者のリストを差し出す。
既存店のお得意様とWeb募集での当選者らしいが、確かに満員御礼……というか若干詰め込み過ぎじゃねーのか、これ。
「なんだ、美世家の出席は″頭取″じゃなくて三男坊の方か」
「博英さまはね~、どうしてもご都合が悪いんですって」
「巨乳の奥様に、どうしても再来週シドニーで行われるアダルトイベントに行きたいとねだられたそうです」
「アダ……っ?!
頭取さんの奥さまって、一体何者なの?」
「つーか巨乳って……お前、奥方に会ったことあんの?」
「ええ。
先日、義博様付きの弁護士に呼ばれて本家に伺った際に、偶々」
「お前、何気に顔広いよな」
「お互いフリーになる前に、同じ事務所にいたことがあるんですよ。あちらの方が先輩ですが」
「てゆーかお兄さま、今、巨乳関係なくない?」
「いや、あれは凄まじい巨乳だった。
正直、顔より乳しか記憶に残っていない」
「クソ真面目なだけが取り柄のお兄様がそこまでいうなんて……。
他にも手料理で人を殺すとか色んな噂も聞くし、俄然奥さまに会ってみたくなったわね……」
「きょにゅー?」
「大きいおっぱいのことよ~。
男は馬鹿だから、みーんなおっぱいが好きなのよ~。
まあでも、お子様のあんたには少し早いかしら?」
「……カイも?」
「キョーミねえな。
乳房なんかただの脂肪の塊じゃねーか。
しかもデカさは機能に全く寄与しないしな」
「カイさま、それを言ったら身も蓋もないわ……」
「や、本当にあの巨乳は巨乳の概念が覆る驚きの巨乳」
「何回巨乳って言うんだよ。
つーかお前がそんなに乳好きだったってことの方が俺は驚いてるぞ。
お前という概念が覆ったぞ」
……全く、話が全部巨乳に持っていかれちまったじゃねーか。
唯一まともだと思っていた龍貴だが、裏切られた気分だ。
ちなみに、美世家はこの辺一帯のヤが付く職業の皆さんを傘下に置く極道一族。
組長である長男 義博を筆頭に、次男 博英、三男 博光の三兄弟を幹部に置いている。
確か四男も居た筈だが、幹部の中にその名はない。
なにか理由があるのだろうか。
また、四男は最近行方不明との噂もある。
確かに前はよくうちの店にも"タカり"に来ていたのだが、ここ一年くらい見かけていないような気がする。
だから、もしかしたら噂は本当なのかも知れないな。
粗雑で乱暴な男だったし、色んなところで恨みを買ってそうだったしな。
対照的に、長男はとても組長だとは思えない程線が細く、物静かな優男だ。
龍貴の先輩だという弁護士をいつもナイトのように従えているせいで近寄りがたく、俺も挨拶程度しか交わしたことがない。
そんな長男に代わり、組織運営の実働を任されているのが、活きがいい次男だ。
最初に俺がキャバクラの経営を始めたのも、偶々知り合ったこの次男に薦められてのことだった。
それが偶々彼の期待通り上手くいったのもあって、以来何かとうちに便宜を図ってくれている。
そして今回の内覧会に出席する三男においては、まだその姿を見たことすらない。
彼は組の運営には直接関わっておらず、個人的にアダルトグッズのショップを経営している。
そのショップは、実は業界内ではかなり有名な老舗だ。
売り上げも断トツのトップで、もう何年も他の追随を許さない。
それなのに実店舗は持っておらず、事業内容もウェブが主体の通販事業と、会員制の動画配信事業のみというシンプルさ。
そんな並々ならぬ経営手腕を持つ三男とは、同業者として俺も一度話をしてみたいと思っていた。
しかし困ったことに、滅多にこの三男は表舞台に現れることがないので、そもそも会う機会がない。
だから内覧会にこいつが出てくると言うのは、直接顔を会わせることができる数少ないチャンスだ。
思わぬ好機に、口元が緩む。
そんな俺に、龍華が今思い出したように言ってきた。
「あ、そうそう、再来週の内覧会だけど。
カイさま、その子、借してね」
「……は?」
突然、指差しで指名されたユウは、驚いた顔をして俺を見てくる。
「却下。」
「そんな!貸してくれないと困るの!」
龍華がそう言いながら見せつけてきたタブレットの画面には、新しい店のWebページが表示されている。
そこには、″特別スタッフ″枠にユウの名前と写真が勝手に使われていた。
「……おい、聞いてねえぞ」
「だって事前に言ったら絶対ダメって言うじゃない。
お得意様、その子のファン多いのよ~。
ねえ、アタシたちのお店の華々しいスタートのためだと思って。
ねえ、いいでしょ?」
「確かに今更調整がつかなかったとなると、今後の店の運営と、わが社への信頼問題にかかわりますね」
「そ、それはそうだが……。
龍貴、さてはテメエの入れ知恵だな?」
「さあ、何のことだか私にはさっぱり」
「……」
俺はため息をつきながら、横目でユウの様子を確認した。
恐らく自分が置かれている境遇を理解していないユウは、俺と目が合うと嬉しそうにニヘラと笑う。
その何も考えていないアホそうな笑顔を見ていると、既に不安しかない。
「大体会話も満足にできねぇのに、ホストなんか出来るわけねえだろうが」
「それはこの子のファンならみんな察してるわよ。
だから、お人形さんみたいに座ってニコニコしててくれてれば大丈夫よ」
「……そのニコニコすら怪しいが」
「じゃあ、息だけしてくれていればいいわ!」
「息」
「大丈夫、この子はこの可愛い顔だけあれば、とりあえず大丈夫!」
いや、とても大丈夫とは思えないが……。
どちらにせよ、外堀を埋めてからの事後申告は卑怯だ。
龍貴の言う通り、今更駄目とはとても言えないじゃねえか。
「あー……、ったく、仕方ねえな……。
わかった。今回だけだぞ、今回だけ」
「やったー!ありがとう!
カイさまなら、きっとそう言ってくれると思ったわ!」
「よく言うぜ」
両腕を上げて喜ぶ龍華に、俺は呆れながら次はないぞと念押しをする。
内覧会は、再来週だ。
それまでにこの駄犬に、ホストとして一通りの作法を叩き込まなければならない。
これは少し……いや、かなり面倒なことになりそうだ。
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