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10.長い長い 二人の夜③
「こら、一本て言ったでしょ」
食後、煙草に火をつけると直ぐにそう、誉が言ってきた。
「さっき半分しか吸わなかったから、その続き」
「またそうやって屁理屈を言って……」
俺は何も返さずに、誉が食器を片付けている音を聴きながら、やけに甘いホットミルクを啜った。
どうせなら珈琲がいいと主張したが、眠れないのに珈琲を飲む馬鹿はいないと一蹴され、渡されたのがこれだった。
食洗機が回る音がし始めた。
「さっきから君は何でそんなに不貞腐れてるの」
そう俺に尋ねながら誉がリビングに戻ってくる。
当たり前のようにすぐ横に腰を下ろしたので体ごと右を向くと、ため息が聞こえた。
「犬に似てるって言ったの、そんなに気に入らなかったの?」
「…………」
またため息。
それから少しの間を置いて、脇に後ろから大きな手が回された。
その指先が下唇を撫でた後、顎の下で手を組みぎゅっと抱き締められる。
そうすると俺の頭のてっぺんは、誉の顎を置くのに丁度いい高さになる。
誉はいつもそこに顎を乗せるのが好きだ。
そして今日も例に漏れず人の頭を顎置きにし、聞いてもいないのに勝手に話をし始めた。
「犬の話だけどさ、続きがあるんだよね」
「……ふうん」
「犬は俺に一応懐いてくれたんだけどね。
それでも、やっぱり元の主人が忘れられなかったんだよ。
俺がどれだけ尽くしても、彼の本当の主人にはなれなかったんだ。
彼はいつも玄関に腰を下ろして、ずっと元の主人が迎えに来るのを待っていたよ。
健気だよね、自分はその主人の都合で捨てられたっていうのにさ」
「……」
「最期は、本当に突然だった。
学校から帰ったら、玄関で死んでいたんだ。
その日の朝も変な様子はなかったし、ちゃんとご飯も食べていたんだけどさ。
その時はわからなかったけど、今になって何となく原因はストレスだったんじゃないかなあと思うんだ。
どんなに世話をしても、彼にとっては俺より自分を捨てた主の方が良かったってことさ。
でね、それから俺は、最後まで責任を持てない者に対して肩入れすることは止めたんだ。
俺はよく冷酷だとか言われるけれど、それは違う。
本当に冷酷なのは、中途半端に愛情をかけることだよ。
どんな事情があれ、最後まで愛してやれないのなら、最初から愛さない方がいい。
あの犬は、本当に可哀想だった」
「……」
「でね、そう決めている俺に、こんなに愛されているのが君ってわけ」
「……」
「ご機嫌なおった?」
「………………重い」
「愛は重たいものさ」
誉がにこっと微笑んで、俺の煙草を取り上げる。
そしてそれを飲みかけのミルクの中に浸けた。
「まだ飲んでたのに」
「もっといいものをあげる」
落ちてくるキス。
あたたかくて柔らかい、甘い舌が、俺を捉えて、絡め取ってくる。
「……おまえ、な」
「責任、ちゃんととるよ。安心して」
「馬鹿じゃねえの」
「あはは。
けど、それだけ君のことが好きでたまらないんだから、仕方ないね。
諦めて責任を取られなさい」
「…………」
「返事がないってことは」
「もういいから、それは!」
誉が俺の手を取り、甲に口付ける。
それから、ゆっくり中指の上に向けて三度吸い、最後に食んだ。
指先から甘噛みをして、指の間をチロリと舐められる。
もう一方の手が、背中がぞくぞくして息を詰まらせている俺の胸元を探る。
それはすぐに目的の突起を見つけると、薄い寝巻きごときゅっと摘まんだ。
反射的に上がる肩、握った拳。
すると誉は手を離し、今度は耳にゆっくり息を吹き掛けた。
「ほま、れ、やだ」
耳を舐められるのが、一番苦手だ。
くすぐったくて鳥肌が立ち始めた。
さっきから摘まんでは離されている乳首は、じんじんと痺れ始めている。
急速に自分の真ん中に熱が集まっていくのを感じる。
恥ずかしくてたまらなくて、何とかしてこいつにそれを見つかりたくなくて足を閉じた。
けれどもそれが仇となって、今度は手が太ももに延びてくる。
そしてズボン越しにでもわかるくらい勃ってしまったそこを、ゆらゆらと撫でた。
「いつもより感じやすいね。
疲れてるからかな」
「そんなこと……っ」
「ここでする?それともベッド行く?」
「んなっ」
直接的なお誘いに、一気に顔が熱くなる。
しかし一方で、誉は呆れ顔。
「……あのさ、櫂。
俺たち多分もう何百回もセックスしてると思うんだけど、ホント毎回初めてみたいな雰囲気だしてくるの……や、まあいいや、すごく可愛いし」
「バ、バカ、可愛くねえし、そんなにしてねーし!」
「可愛いし、してるよ。
だって付き合って約5年でしょ、てことは60ヶ月。
週に直すと240週、平均して週3回は絶対してるから、720……」
「きちんと数えなくていいよ!!」
「あはは、1000回までもう少しだね」
「そういうのいいから、マジで!」
「で?どうする?」
「……何が」
「ベッド?ここ?」
「……俺、疲れてるんだけど」
「きっとよく眠れるよ。任せて」
「任せられるか!」
「もう、うるさいな。お口チャック」
「んんんっ」
強引なキスは、さっきまでのとは全然違った。
力ずくで唇を割り開いて侵入を果たした舌は、自由自在に口内を這い回る。
悔しくて追い出そうとすればするほど絡められて、だんだん舌が痺れてきた。
それに、ゆるゆると愛撫され続けている胸と下半身が疼いてたまらない。
もっと欲しい、そんな欲望が次第に理性よりも大きくなっていく。
「……は、あ、あ……」
「ベロ出して。吸ってあげる。
好きでしょ?」
「ん……」
熱に浮かされ、とうとう流され始めた俺の顎を撫で、誉が言う。
俺は一瞬躊躇したが、甘い誘惑には勝てずその通りにしてしまった。
誉は言った通り、俺の舌を自分の中に引き込んで、先端を舐めながらちゅうっときつく吸った。
飲み込みきれない唾液が顎を伝っていく。
いつの間にかシャツの前は開け放たれ、誉の大きな手が直接入り込んで直接体に触れてくる。
俺は息を乱しながら誉にもたれ、体を預けた。
大きな体にすっぽり収まりながら、全身をゆっくり撫でて愛撫される。
こうされるととても気持ちよくて、いつもうっとりしてしまうんだ。
そんな俺とは対照的に、誉は顔をしかめ、
「また少し痩せちゃったね」
と呟いた。
「や、首、吸わないで、跡……」
「うん、ちゃんと残してあげるよ」
「ちが、跡、だめ、わかるだろ」
「わかるよ、悪い虫への牽制になるね」
「ちがう、ダメだって、ホント、あ……!」
……今、吸った。すごく強く吸った。
絶対跡が残った、確信する。
誉の手を振りほどき、さっき吸われた場所を押さえて睨み付ける。
しかし,誉は全く意に介することなく俺の耳の後ろをくすぐるように撫でながら尋ねてくるんだ。
「……で、ここ?それとも、ベッド?」
「!」
その顔は笑っているけど、目が全然笑っていない。
こいつ、何がなんでもヤる気だ。
つまり、これは最終通告。
ーーーどうせされるならここは嫌だ。
明るすぎるし……ソファーだと絶対バックからの騎乗位をさせられるし……。
ということで、賢明な俺は、観念して答える。
「べ、べッド……」
すると誉は俺の甲にキスをして、
「仰せのままに、ワガママなお姫様」
と、嬉しそうに"ちゃんと"笑った。
そして、軽々と俺の体を抱き上げたんだ。
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