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12.ユウのリハビリ

「あれ、何でこんなところに煙草と現金が落ちてるんだ……?」 カイがしゃがみこんで首を傾げている。 それらは、おれが夕べ置きっぱなしにしてしまったやつだ。 「あ、カイ、あのね」 だから教えてあげなくちゃと思って声をかけようとした、その時。 「こんだけ散らかってりゃぁ、どこに何があっても不思議じゃねえよ」 と、声が響いた。 「……ああん? 一応俺はどこに何があるか把握してんだよ」 「嘘こけ、してねーからそうやって首かしげてんだろ!」 「……うっ。 つーか勝手に入ってくんな!」 「うるせえな、だったら呼び鈴ならしてんだから出てこいよ!」 ああ、またカイとハナのケンカが始まってしまった。 ハナはハウスキーパーさんで、スッとした切れ長の目がカッコいい女の人だ。 ちょっと乱暴なんだけど、本当は優しい人。 いつも家中をピカピカにしてくれるし、おれが大好きなおかしも作ってくれる。 カイがお仕事でいない時は、一緒にお留守番をすることもあるんだ。 だからおれは、ハナのことも、大好き。 ハナはいつもは龍貴の家にいるんだけど、週に何回かうちにも来てくれる。 お家のことをするのがすごく苦手なカイを見かねて、龍貴が紹介してくれたんだって。 「ホント三日でよくここまで散らかせるよな。 ある意味才能だわ」 「それほどでもねえよ」 「誉めてねえよ」 ハナは早速エプロンを締めた。 そしてごみ袋を開いて、中に床の荷物を拾い放り込み始める。 「ほら、掃除の邪魔。今日仕事だろ? さっさと出掛けろ」 「ええっ、一服くらいさせろよ」 「知るか。もう時間だ。 埃も立つし、ユウの発作が出ても知らねえぞ」 「ユウ、出掛けるぞ」 「"行ってらっしゃいませ、旦那さま"」 「ちぇ」 「ハナ、いってきまあす」 「おう」 出掛けにそう言って手を振ると、ハナは笑って返してくれた。 ハナ、笑うととっても可愛いんだから、いつもニコニコしていればいいのになあ。 「あー、煙草吸いそびれた」 駐車場に行く途中、カイがイライラした様子で言い、前髪を掻き上げる。 「無理。 そこのコンビニで吸ってくるから、車で待ってろ」 カイはキーを投げ渡すと、急いで向こうに行ってしまった。 煙草って、そんなに我慢できないくらい美味しいのかなあ。 チョコレートと、どっちが美味しいのかな。 車に乗って少し待っていると、カイが小走りで戻ってきた。 そして運転席に乗り込みながら、 「ん」 とおれに袋をくれる。 開いてみると、おれが大好きなキャラクターのお菓子が入っていた。 「この前CMでやってたやつだよな、それ」 「……」 「ちゃんとお礼を言わないと。 それは分かってるんだけど、嬉しさが先立ってしまって、なかなかうまく言葉が出てこなくて、頷くのが精一杯だ。 「ありがと」 ようやくその言葉が出てきたのは、車が出て三つ目の角を曲がった頃だった。 カイはこっちを見てキョトンとした顔をしたけれど、すぐにいつも通り「おう」とだけ言って、頭を撫でてくれた。 今日は、カイがお医者さんのお仕事をする日だ。 カイは車で少し行った先にある病院で、週に二回働いている。 今日みたいに体調がいい日は、おれはその病院の一階下にあるサロンで遊んだり、リハビリをしながらカイの仕事が終わるのを待っている。 けど、やっぱりいざカイと離れるとなると少し寂しくなってしまって……。 「うう」 カイの背中に隠れて、前に立つ赤毛の先生……アースをじっと見た。 ちなみにアースっていうのは、本当の名前じゃない。 本当は大地って名前で、アースっていうのは昔カイのお店で働いていたときの名前なんだって前に言ってた。 「はい、じゃあお預かりしますね。 ユウ、おいで」 「おら、早く行け」 「カイ~」 「いい加減、毎回は勘弁してくれよマジで」 昔、出来損ないの奴隷だったおれは、こうやって人に預けられたままご主人様に迎えに来てもらえず、そのまま捨てられた何度かあった。 だからこうやって預けられるのは少し……いや、かなり怖いんだ。 カイはそんなことしないって頭では分かっているんだけど、昔の悲しい気持ちを思い出して怖くなって、悲しくなって、足の指先が痺れてくる。 イヤイヤをするおれに、カイは深いため息をついた。 だけどその後、ぎゅっとおれを抱き締めてくれる。 そして背中をポンポンとしながら、 「大丈夫、ちゃんと迎えに来る。約束」 と囁いて、耳の後ろにキスをくれた。 「……うん」 まだ少し不安があったけれど、これ以上カイを困らせたらいけない。 だから我慢をして、頷いた。 踵を返し、エレベーターに入っていくカイを半分べそをかきながら見送る。 扉が締まってその姿が見えなくなるとやっぱり切なくて、鼻の奥がピリピリと痛くなった。 それで立ち尽くしていると、 「さ、中に入ろうか」 とアースが優しく肩を持って言ってくれた。 その温かさが、少しだけ不安を和らげてくれた気がした。 サロンの中は、リハビリ用の器材やマット、それに玩具や絵本なんかもある。 ここは、事情があって普通の生活が出来ない子が、ちゃんと出来るようになるために練習をする場所なんだって。 おれももう、ずいぶん長く通っている。 「ユウ、最近、足はどう?」 リュックサックをロッカーにしまうおれに、アースが聞いてくる。 質問に答えるのは、一番苦手だ。 だから答えられたのは、奥のマットに腰を下ろし、いつもみたいに足を伸ばしてからだった。 「さむいとね、いたい」 「……ちょっと見せてね」 アースはズボンを捲りあげて、足首からふくらはぎにかけて軽く押しながら診てくれる。 おれは、足が悪い。 前のご主人様が、筋を切ってしまったからだ。 犬は、二本足で歩かないからだって言っていたのを覚えている。 だからずっと這って移動していたのを、カイが治してくれた。 それからここでリハビリをして、今のようにちゃんと歩けるようになったんだ。 けど、切ってから何年も放置していたせいで、なかなか元通りにはならないみたい。 だから、未だに痛むときがある。 特に寒い日は本当に駄目で、酷いと歩けなくなることもあるんだ。 「確かに少し強ばってるね。解しておこう」 ここに最初に来たとき、おれは支えなしで座っていることも出来ないくらい具合が悪かった。 けれど、アースがマッサージをしてくれたり、色々なことを教えてくれながら練習をしたおかげで、今は立って歩けるし、少しなら走ることも出来るようになった。 それは、とても幸せなことだ。 「じゃあ、始めよう。 今日は体調もいいみたいだから、少し負荷を上げてみようね」 やった、嬉しい。 負荷をあげるってことは、また出来ることが一つ増えるっていうこと。 おれは元気に返事をして立ち上がり、アースに続く。 リハビリは、苦しかったり、うまくできなくてつらい時もある。 けれども、たくさん頑張って、早くいろんな事が出来るようになりたい。 そして、たくさんカイの役に立てるようになりたい。 それが今、一番のおれの目標なんだ。

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