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17.怒りん坊とニブチンくん ①
「おねつある?」
「微妙にある、7度8分」
「ユウ、おなか、いたい」
「だろうな」
今日もカイは、朝からずっと怒っている。
「大体、夕べはリハビリの後で疲れていたのに、お前、ヤり過ぎなんだよ!」
そんなことを今更言われても。
それに昨日の夜のセックスは、カイだって"ヨシ"って言ったし、気持ちよくなっていたからお互い様だ。
ーー……なんて思うけれど、どうせ上手く言えないし、仮に言えたところでカイがまた怒るのは目に見えているから黙っていることにする。
そうしたら、今度は黙ってないで何とか言えって怒り始めた。
「ともかく、悪くなると面倒だ。
今日は一日寝てろ」
「なに、またユウ寝込んでんの?」
「!?」
と、その時、後ろの方からそう声が響いて、二人揃って竦み上がった。
声がした方を見ると、奏太がドアからこちらを覗いてニコニコ手を振っている。
「社長、マイド!」
「マイド!じゃねえよ!
勝手に入ってくんな!!!!!」
「だって鍵開いてたから」
「開いてたから、じゃねえし!
何でどいつもこいつも勝手にウチに入ってくるんだよ!」
「ドアの鍵を閉めればいいんじゃないかな」
「いや、鍵が開いてようが開いてなかろうが、まずはインターフォンを鳴らすのが常識だろ?!」
「まずは鍵を閉めるのも常識だけどな」
カイはまた大声を出して怒るけれど、奏太はあんまり気にしていないみたい。
軽くお小言を受け流しながらおれの方を見て、ニッコリ笑ってくれる。
それが何だか可笑しくて、おれもニコニコして返した。
「……で?何しにきたんだよ。
花なんか頼んでねーぞ」
「そこまで配達で来たからさ。
ついでにコレを届けにきたんだ」
「おう、いつも悪いな……って、なんだコレ」
「電車のオモチャだよ」
「でんしゃ!」
「そ、俺のお下がりだけど。
この前、お袋が物置から見つけてきたんだよ。
見てみたらまだ動いたから、ユウにいいかなって。
ユウ、電車好きだろ?」
「すき!」
「ってオイ、ここで広げんのかよ!」
「熱があるんじゃ、リビング行けないだろ?」
「そーた、はやく、はやく」
「おー、待ってろ、えーと」
奏太はいつもこんな感じで、玩具を持ってきてくれる。
今回持ってきてくれたのは、レールのパーツを組み合わせて、その上に電車を走らせる玩具だ。
レールを並べてくれている奏太の横で、待ちきれずに電車を手に取る。
大好きな新幹線以外にも、好きなアニメのキャラクターの形をした電車もあった。
「ま、見てるだけでも割と面白いし、暇潰しにはいいだろ?」
黙ってこっちを見ていたカイに、奏太が言う。
「そうだな……。
てか、ほんと奏太が持ってくる玩具にだけは食い付きがいいな」
「社長が買ってくるのって古典的なやつが多いですよね。
木の積み木とかパズルとか」
「俺はそういうのが好きだったんだよ」
「あはは、じゃあ木の温もりで心が豊かで穏やかな子に育つとか嘘ですね」
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だけど」
「マジで怒るぞ」
「もうずっと怒ってるじゃん。
あ、ほら電話鳴ってますよ、行った行った」
「……てめ、覚えてろよ」
またカイが怒り始めたところで、今度は都合よく電話が鳴った。
カイは乱暴な足取りでリビングに戻っていく。
その足音を聞きながら、奏太が"やっとうるさいのがいなくなったな"って囁いた。
電車の模型が、レールの上をグルグル回っている。
本物みたいで見ているだけでとても楽しい。
うっとりとそれを見つめていると、隣で別のレールを繋げていた奏太が、ふと尋ねてきた。
「そーいやお前、一昨日の夜、何してたんだ?」
「おじさんとセックス」
「ふーん」
「でんしゃすごいねえ」
「ああ……結構本物っぽいだろ……っていや違う、ちょっと待て」
「?」
「危うく流す所だった、今何て言った?」
「でんしゃすご」
「そこじゃない、その前」
「おじさんとセックス」
「そう、それ。どういうことだ?!」
「?、おじさんとセックスしたんだよ」
「いや、それはそうなんだろうけど……。
何でそんなことしたんだよ」
「カイ、ねてたから」
「や、全然意味がわからねえ……」
「??」
驚いた顔をした後、困った顔になった奏太は、最後にとっても真面目な顔になった。
何かを言いかけて、頭を横に振り、ため息をつく。
そして、
「それ、社長は知っているのか?」
とだけ言ってきた。
そういえば、カイに言いそびれちゃったな。
おれは首を横に振る。
するとまた奏太は、ため息をついた。
「ユウ、カイにいってくる」
「ちょちょ、ちょっと待て待て」
這い出したおれの肩を掴んで奏太が続ける。
「そんなこと言ったら、社長ガチギレするに決まってるだろ」
「?、なんで?」
「何でって……だってそりゃ、恋人が違う相手とセックスしてたら怒るだろ、普通」
「こいびと?だれが?」
「は?だから、その」
そこで今度は顔を真っ赤にする奏太だ。
そして、
「お前が、社長の」
と、また真顔で変なことを言うからビックリしてしまった。
「えっ、ちがうよお」
「えっ、ちがうの?」
恋人、それが何なのかぐらい、おれだってちゃんと知っているよ。
前に玲が"彼氏"が出来たって話をしていた時に聞いたことを、ちゃんと覚えているからね。
そしてそれが、おれとカイの関係とは違うことも分かっている。
「ユウ、こいびとじゃないよ。
カイは、ユウのご主人さまだし」
「……え?恋人通り越して夫婦ってこと?
だったら余計まずくないか?」
今日の奏太は、なんだか変だ。
さっきから赤くなったり、青くなったり忙しい。
困惑するおれを引き寄せ、キョロキョロと辺りを見渡してカイがいないことを確認する。
そして声を潜めて言うんだ。
「俺、今回のことは誰にも言わないでおいてやるから、これからはそういうのやめろよ?」
「そういうの?」
「だから、おじさん?と、セッ、セックスするのとか」
「……なんで?」
「そ、そりゃ……」
奏太が何を言いたいのかが全然分からなくて、首を傾げる。
すると奏太は、顔を赤くしたまま咳払いをして言うんだ。
「セックスは、好きな人とするもんだからだよ」
「…………」
「うわあ、ビックリする位ピンと来てねえなー」
セックスは好きな人とする。
頭の中で、奏太の言葉をもう一度反芻してみた。
そうしたら、一つ疑問が浮かんできた。
「そーたとは、いいの?」
「ダメだよ、何でそうなるんだよ」
「ユウ、そーた、すき。
なんで?」
「えーと……困ったな」
「無駄だ、奏太。
そいつには、わかんねーよ」
すると、向こうからカイの声がした。
カイはおれたちを順番に見た後、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「なるほど、よくできた玩具だな」
そして動いている電車を指で止め、また動かしながら、やけに穏やかな声色で言う。
「あ、えーと、社長?」
「……あ?」
「あの、話、どこから……」
「"おじさんと"との辺りから」
カイの答えに、奏太は"しまった"という顔をしてこちらを見る。
が、おれは別に気にしない。
どうせ後でカイにはちゃんと報告しようと思っていた事だし。
ちょうどいいから、今言おうかな。
「カイ、ユウね、おじさんと」
「さっき聞いた。で、何人とした?」
「ふたり」
「そうか」
するとカイはレール上の電車をピンと指で弾き、脱線させた。
倒れた電車の車輪だけがシャカシャカと音をたてて回っている。
カイはそれを見つめながら少しの間をおいた後、静かに言った。
「色々貰っておいて悪いが、今日はもう帰ってもらえるか、奏太」
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