18 / 28
18.怒りん坊とニブチンくん ②
奏太が帰ってしまうと、部屋の中が急に静かになってしまった。
ちょっと寂しいなと思いながら、作りかけのままになってしまったレールに手を伸ばす。
するとカイが、
「お前も休め。熱が上がると面倒だ」
と言って、おれの指がそれに触れる寸前で取り上げた。
そして、ベッドの上に散らばっていた他の電車とレールも一緒に端っこに寄せられてしまう。
もう少し遊びたかったのに。
軽く頬を膨らませて無言の抗議をしてみたが、カイに睨まれてしまったので諦めた。
毛布にくるまって、いつもの場所に横になる。
するとカイが手を伸ばしてきた。
反射的に身を強ばらせてしまうと、その指先が一瞬止まる。
そしておれの体から力が抜けるのを待ち、またゆっくりと降りてきた。
前髪から額を撫でるように触れられる。
それからそこを掌で少し押された後、頬、首筋へと続いていった。
袖口からふわりと香るカイのいいにおい。
うっとりしながらクンクンと嗅いでいたら、クスリと笑う息づかいが聞こえた。
カイが、そのまま何も言わず離れていく。
それが嫌でシャツの裾を引っ張った。
振り返った赤い目と、視線が交わる。
「……あのなあ」
その意図を察したカイは、眉を寄せて言う。
「俺は忙しいんだ」
けど、おれ、分かってるよ。
今のカイは、怒っているフリをしているだけだ。
だから、もうちょっと腕を引っ張れば……。
「……たく、しょうがねえな」
ほらね、思った通り。
「10分だけだぞ」
「ん!」
おれの横に腰を下ろして、頭を撫でてくれる。
でも、おれがして欲しいのはそれじゃなくて。
「って、おい、うわっ」
「えへへ」
思いっきりカイの腕を引っ張って、ベッドの中へと引き込んだ。
実はカイってあんまり力がないから、簡単。
そのまま無理矢理ベッドに引きずり込めば、あっという間に添い寝の完成だ。
「お前な……」
ちゃっかり腕に頭を乗せて、胸に頬擦りをしているおれを、呆れ顔でカイが見ている。
少し怒っているかな。
でも、まだこれくらいなら大丈夫。
だって背中を撫でるその手は、とても優しい。
もっともっとカイが欲しくなって、顎をあげてキスをねだった。
「こらっ、"待て"」
けれど、それはダメだって唇を人差し指で押さえられてしまった。
「ん"ー」
諦めきれなくて押し戻すと、今度は顎を掴まれる。
「したいよお」
「ダメ、お前キスしたら盛るから」
それは、確かにそうかもしれない。
反論のしようがなくて、口を尖らせてううっと唸る。
すると、ふんわりと額に柔らかい感触が降りてきた。
続いて目の前を掠めるのは、しなやかな白い髪だ。
「……今はこれで我慢な」
おまけで鼻のてっぺんにもう一度キスをくれて、そっと離れる。
その間際、細められた目から、紅い瞳が見えた。
「おねつ、さがったらしてくれる?」
「気が向いたらな」
「……ユウ、がまん、する」
「お、珍しいな」
「カイとぎゅうする。
そしたら、ユウ、ガマンできる」
「……」
背中を撫でているカイの手が、一瞬だけ止まった。
そして、そのまま胸に引き寄せられる。
カイの心音が早まっている。
それを聞きながら、何となくだけど、ちゃんとこの人に話をしなければならないと思った。
あの夜、おれが思ったことを、ちゃんと。
「……ユウね、おじさんとセックスしたの」
「一昨日の夜のことか?
その話はもういいって」
「ううん、あのね、ユウ、きいてほしい」
おれは考えながら、少しずつ言葉を組み立てて喋る。
「きもちよかった、のに。
いっぱいした、のに。
ぜんぜん、たりなかった。」
カイは背中を撫でながら、そんなおれの話を真剣な顔で聞いてくれていた。
「ユウ、セックスしたのに、さむくって、さみしくて、ないちゃったんだ……。
けど、かえってきて。
それで、カイとぎゅってしたら、あったかくなって、さみしくなくなったんだよ。
おじさんとセックスするよりも、カイにぎゅってするほうが、きもちいいって、わかったんだ。
だからね、ユウ、もう、おさんぽしないよ。
かわりに、カイといっぱいしたい。
できないときは、いっぱいぎゅってしたい。
そしたらもう、へいきだとおもうんだ」
話を聞き終えたカイは、暫く黙っておれのことを撫でていた。
それから、ふうっと息を吐いたと思ったら、いきなり、
「一昨日の夜は悪かったな」
なんて言うから、おれはビックリしてしまった。
「……なんだよ、その顔」
だっておこりんぼのカイが、まさかこのおれに謝るなんて!
目を真ん丸にして口をパクパクさせる。
驚きすぎて言葉が出てこなかった。
するとカイは咳払いをしながら、
「最近、"無かった"から、もう大丈夫かと油断してた」
と、横を向いて言う。
「けど、なんつーか、うん。
お前がそう思ってくれたのは、嬉しい。
今までお前が"散歩"をしてくるのを咎めなかったのは、半分は俺のせいだ。
お前を満足させるのには、俺じゃ役不足だと分かっていたからだ。
けど、俺で足りるようになったのだとしたら、それは俺にとっても、とても嬉しいことだ」
「カイ……」
「あー……うん、まあ、だから、もういい」
そこまで言ったカイの顔が、急に赤くなった。
前髪をかき上げて、視線を泳がせている。
もしかして、カイ、照れてるのかな。
そう思うと、おれも何だかくすぐったい気持ちになる。
耳を打つカイの心音は、とても早いけれど、心地いい音だ。
「知っての通り俺は、そんなに……、その、するのが好きな方じゃない。
けど、お前がそう言ってくれるなら、出来るだけお前のいいように頑張るよ。
頑張るから、お前ももう、好きでもないやつとするのはやめような」
「……すき?」
「そう。奏太も言ってただろ」
「"セックスは、好きな人とするもんだ"?」
「……そう。
つーか改めて真顔で言うなよ、恥ずかしいヤツだな」
「んー……カイもそうなの?」
「あ?」
「カイも、すきなひととしか、しないの?」
「……………………おう、基本は」
カイは顔を真っ赤にして、おれの問いに答えてくれた。
ふふ、でも心臓の音がまた早くなったし、体も熱くなっている。
まるで、カイもお熱が出てしまったみたいだ。
「わかった」
おれはそんなカイに更にぴったりくっついて言う。
「ユウもそーする。たぶん」
「あのな、ここは断言するところだろ」
「えへへ」
冗談なのに、ムッとした顔をしたカイにデコピンをされてしまった。
そこを軽く撫でた後、おれはカイにぎゅっとする。
当たり前のようにカイも返してくれるのがとても嬉しくて、気持ちいい。
「……なんか、お前抱いてるとポカポカしてダルくなってくるな……」
暫くそうしていると、生欠伸をしながらカイが言う。
「寝れるかな……」
そして、サイドテーブルの上を手探りし始めた。
カイが探しているものが、いつもの眠れるお薬だとすぐにわかったおれは、その手を引っ張って邪魔をする。
「なんだよ」
「そんなの、いらないよ」
カイの腕を腰に回させて、更に体を密着させる。
「ぎゅっとしてたら、ねむくなっちゃうよ」
言った通り、カイはすぐにまた二回あくびをした。
ついでにおれも、しちゃったけどね。
「じゃあ、お前の言う通りにしてみるか……」
そしてゆっくりそう言うカイ。
その腕に抱き締められた瞬間に、おれは急にあることを思い付く。
それは珍しく、するっと言葉になって口から出てきた。
「ねえ、カイは、ユウとしかセックスしないよね?
てことは、カイは、ユウのこと、す……ムグッ」
ーーけど、その言葉はカイの手で遮られてしまった。
見上げると、紅い瞳よりも赤いほっぺたのカイがおれを睨んでいる。
あ、怒ってる。
ってことは、そうなんだ。
「喋りすぎだ、もう寝ろ」
「えへへ、はぁい」
そう悟ると嬉しくてたまらなくて、大好きなカイにくっつき直す。
「おやすみなさい、カイ」
そして、次に目が覚めたとき、お熱が下がっていますようにと願いながら、ゆっくり瞳を閉じたんだ。
ともだちにシェアしよう!