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18.怒りん坊とニブチンくん ②

奏太が帰ってしまうと、部屋の中が急に静かになってしまった。 ちょっと寂しいなと思いながら、作りかけのままになってしまったレールに手を伸ばす。 するとカイが、 「お前も休め。熱が上がると面倒だ」 と言って、おれの指がそれに触れる寸前で取り上げた。 そして、ベッドの上に散らばっていた他の電車とレールも一緒に端っこに寄せられてしまう。 もう少し遊びたかったのに。 軽く頬を膨らませて無言の抗議をしてみたが、カイに睨まれてしまったので諦めた。 毛布にくるまって、いつもの場所に横になる。 するとカイが手を伸ばしてきた。 反射的に身を強ばらせてしまうと、その指先が一瞬止まる。 そしておれの体から力が抜けるのを待ち、またゆっくりと降りてきた。 前髪から額を撫でるように触れられる。 それからそこを掌で少し押された後、頬、首筋へと続いていった。 袖口からふわりと香るカイのいいにおい。 うっとりしながらクンクンと嗅いでいたら、クスリと笑う息づかいが聞こえた。 カイが、そのまま何も言わず離れていく。 それが嫌でシャツの裾を引っ張った。 振り返った赤い目と、視線が交わる。 「……あのなあ」 その意図を察したカイは、眉を寄せて言う。 「俺は忙しいんだ」 けど、おれ、分かってるよ。 今のカイは、怒っているフリをしているだけだ。 だから、もうちょっと腕を引っ張れば……。 「……たく、しょうがねえな」 ほらね、思った通り。 「10分だけだぞ」 「ん!」 おれの横に腰を下ろして、頭を撫でてくれる。 でも、おれがして欲しいのはそれじゃなくて。 「って、おい、うわっ」 「えへへ」 思いっきりカイの腕を引っ張って、ベッドの中へと引き込んだ。 実はカイってあんまり力がないから、簡単。 そのまま無理矢理ベッドに引きずり込めば、あっという間に添い寝の完成だ。 「お前な……」 ちゃっかり腕に頭を乗せて、胸に頬擦りをしているおれを、呆れ顔でカイが見ている。 少し怒っているかな。 でも、まだこれくらいなら大丈夫。 だって背中を撫でるその手は、とても優しい。 もっともっとカイが欲しくなって、顎をあげてキスをねだった。 「こらっ、"待て"」 けれど、それはダメだって唇を人差し指で押さえられてしまった。 「ん"ー」 諦めきれなくて押し戻すと、今度は顎を掴まれる。 「したいよお」 「ダメ、お前キスしたら盛るから」 それは、確かにそうかもしれない。 反論のしようがなくて、口を尖らせてううっと唸る。 すると、ふんわりと額に柔らかい感触が降りてきた。 続いて目の前を掠めるのは、しなやかな白い髪だ。 「……今はこれで我慢な」 おまけで鼻のてっぺんにもう一度キスをくれて、そっと離れる。 その間際、細められた目から、紅い瞳が見えた。 「おねつ、さがったらしてくれる?」 「気が向いたらな」 「……ユウ、がまん、する」 「お、珍しいな」 「カイとぎゅうする。 そしたら、ユウ、ガマンできる」 「……」 背中を撫でているカイの手が、一瞬だけ止まった。 そして、そのまま胸に引き寄せられる。 カイの心音が早まっている。 それを聞きながら、何となくだけど、ちゃんとこの人に話をしなければならないと思った。 あの夜、おれが思ったことを、ちゃんと。 「……ユウね、おじさんとセックスしたの」 「一昨日の夜のことか? その話はもういいって」 「ううん、あのね、ユウ、きいてほしい」 おれは考えながら、少しずつ言葉を組み立てて喋る。 「きもちよかった、のに。 いっぱいした、のに。 ぜんぜん、たりなかった。」 カイは背中を撫でながら、そんなおれの話を真剣な顔で聞いてくれていた。 「ユウ、セックスしたのに、さむくって、さみしくて、ないちゃったんだ……。 けど、かえってきて。 それで、カイとぎゅってしたら、あったかくなって、さみしくなくなったんだよ。 おじさんとセックスするよりも、カイにぎゅってするほうが、きもちいいって、わかったんだ。 だからね、ユウ、もう、おさんぽしないよ。 かわりに、カイといっぱいしたい。 できないときは、いっぱいぎゅってしたい。 そしたらもう、へいきだとおもうんだ」 話を聞き終えたカイは、暫く黙っておれのことを撫でていた。 それから、ふうっと息を吐いたと思ったら、いきなり、 「一昨日の夜は悪かったな」 なんて言うから、おれはビックリしてしまった。 「……なんだよ、その顔」 だっておこりんぼのカイが、まさかこのおれに謝るなんて! 目を真ん丸にして口をパクパクさせる。 驚きすぎて言葉が出てこなかった。 するとカイは咳払いをしながら、 「最近、"無かった"から、もう大丈夫かと油断してた」 と、横を向いて言う。 「けど、なんつーか、うん。 お前がそう思ってくれたのは、嬉しい。 今までお前が"散歩"をしてくるのを咎めなかったのは、半分は俺のせいだ。 お前を満足させるのには、俺じゃ役不足だと分かっていたからだ。 けど、俺で足りるようになったのだとしたら、それは俺にとっても、とても嬉しいことだ」 「カイ……」 「あー……うん、まあ、だから、もういい」 そこまで言ったカイの顔が、急に赤くなった。 前髪をかき上げて、視線を泳がせている。 もしかして、カイ、照れてるのかな。 そう思うと、おれも何だかくすぐったい気持ちになる。 耳を打つカイの心音は、とても早いけれど、心地いい音だ。 「知っての通り俺は、そんなに……、その、するのが好きな方じゃない。 けど、お前がそう言ってくれるなら、出来るだけお前のいいように頑張るよ。 頑張るから、お前ももう、好きでもないやつとするのはやめような」 「……すき?」 「そう。奏太も言ってただろ」 「"セックスは、好きな人とするもんだ"?」 「……そう。 つーか改めて真顔で言うなよ、恥ずかしいヤツだな」 「んー……カイもそうなの?」 「あ?」 「カイも、すきなひととしか、しないの?」 「……………………おう、基本は」 カイは顔を真っ赤にして、おれの問いに答えてくれた。 ふふ、でも心臓の音がまた早くなったし、体も熱くなっている。 まるで、カイもお熱が出てしまったみたいだ。 「わかった」 おれはそんなカイに更にぴったりくっついて言う。 「ユウもそーする。たぶん」 「あのな、ここは断言するところだろ」 「えへへ」 冗談なのに、ムッとした顔をしたカイにデコピンをされてしまった。 そこを軽く撫でた後、おれはカイにぎゅっとする。 当たり前のようにカイも返してくれるのがとても嬉しくて、気持ちいい。 「……なんか、お前抱いてるとポカポカしてダルくなってくるな……」 暫くそうしていると、生欠伸をしながらカイが言う。 「寝れるかな……」 そして、サイドテーブルの上を手探りし始めた。 カイが探しているものが、いつもの眠れるお薬だとすぐにわかったおれは、その手を引っ張って邪魔をする。 「なんだよ」 「そんなの、いらないよ」 カイの腕を腰に回させて、更に体を密着させる。 「ぎゅっとしてたら、ねむくなっちゃうよ」 言った通り、カイはすぐにまた二回あくびをした。 ついでにおれも、しちゃったけどね。 「じゃあ、お前の言う通りにしてみるか……」 そしてゆっくりそう言うカイ。 その腕に抱き締められた瞬間に、おれは急にあることを思い付く。 それは珍しく、するっと言葉になって口から出てきた。 「ねえ、カイは、ユウとしかセックスしないよね? てことは、カイは、ユウのこと、す……ムグッ」 ーーけど、その言葉はカイの手で遮られてしまった。 見上げると、紅い瞳よりも赤いほっぺたのカイがおれを睨んでいる。 あ、怒ってる。 ってことは、そうなんだ。 「喋りすぎだ、もう寝ろ」 「えへへ、はぁい」 そう悟ると嬉しくてたまらなくて、大好きなカイにくっつき直す。 「おやすみなさい、カイ」 そして、次に目が覚めたとき、お熱が下がっていますようにと願いながら、ゆっくり瞳を閉じたんだ。

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