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【閑話】誉と櫂のクリスマス①
「ねえ、櫂。
君はどこのイルミネーションがいいと思う?」
「……は?」
誉が当たり前のように人の目の前に腰を下ろしてきて、唐突に話をし始めた。
前から思っていたけれど、この人はマイペースにも程がある。
「月並みに新宿もいいけど、遊園地系もいいと思うんだよね」
誉は一人で話を続けつつ、流れるような所作で、"私"の盆に弁当箱を置く。
ちなみに元々そこにあったヨーグルトはテーブルの端っこに追いやられてしまった。
そしてランチョンクロスを開き、弁当の蓋を開ける。
その中には、誉お手製の惣菜が並んでいた。
「ちょっと遠いけど、どうせなら規模が大きい方がいいでしょ?」
更に誉は、箸箱から箸を出し私に握らせてにっこり笑う。
ピークが過ぎたとはいえ、まだまだ人が多い学食だ。
ましてや、誉は六年生きっての秀才で有名人。
お陰で周りから沢山の視線を感じる。
それはもう、痛い程に。
「あの、こういうのは止めて下さいと何度も」
「ラタトゥイユ、自信作なんだ。
好きだろ?食べてみて」
「……鶏肉は無理」
「もちろん抜いてあるよ」
……私が悪いんじゃない。
誉のご飯が美味しいのが悪い。
仕方なく口に運ぶと、誉はまた微笑んで自分の弁当を開いた。
「で、さっきの続きだけど」
「だからどうして行く前提で話が進んでいるんです?初耳ですけど」
「そんなわけで、遊園地の方にしようと思うけど、いいよね」
「ねえ、人の話聞いてますか?」
「うん、聞き流してるよ」
「流さないで下さいよ……」
「待ち合わせは今夜六時でいいよね」
「は?今夜?!」
「櫂、あのね。
今日、何月何日だと思ってるの?」
「え?」
誉のため息を聞きながら、携帯の日付を確認する。
それで初めて気がついたんだ。
「…………12月24日」
そう、今日がクリスマスイヴだということに。
興味がなさ過ぎて、そんなこと全然気にしていなかった。
とはいえ、今夜はいきなり過ぎる。
少しはこっちの予定とかを考えて、
「どうせ暇だろ?」
「……」
……まあ、暇なんですけれども。
「じゃあ、決まりね」
「いやいや決まってない、決まってないです。
第一、私は行くとも言っていないし」
「行かないの?」
「嫌ですよ、寒いもの。
クリスマスイヴとか絶対混んでるだろうし、無理」
「……ふうん」
誉は不満げに目を細める。
それから腕を組み、拗ねたように言った。
「俺、イルミネーション好きなんだよね。
去年も元カノと見に行ったし」
「元カノ?!
貴方、彼女いたんですか!?」
「いたよ、当たり前でしょ」
「当たり前じゃないし……」
「あれ?言ってなかったっけ?
君に告白する三十分前に別れたんだよ」
「聞いてないですよ!
というか、何ですかその玉突き!」
「前々から別れ話を切り出してはいたんだけど、彼女の方がなかなか別れてくれなかったんだよ。
いい子だったんだけどね。
何でも自分で出来ちゃうのがなんかこう、物足りなくてさ。
その点君は何もできないから、世話のしがいがあって最高だよ」
「すごくナチュラルに人のことディスるのやめてもらえませんかね……」
「だからね、今年櫂が一緒に行ってくれなかったら、俺のクリスマスイルミネーションの思い出は、元カノとのデートが最後ってことになっちゃうんだよね。
だから俺、きっとイルミネーションを見るたびに、去年元カノと見たなあって思うよ。
櫂が横にいても、俺は元カノとのクリスマスデートを思い出しちゃうからね。
それでもいいんだね?」
「……」
ちょっと待って。
それは何か癪だ。
別にイルミネーションなんかに興味はないけれど、私といるのにわざわざ別れた彼女のことを思い出されるのは、非常に癪だ。
「今夜、行くよね?」
私のそんな気持ちをきっとこの人は見抜いているのだろう。
誉は念を押すようにそう言うと、不敵な笑みを浮かべて見せた。
誉との約束は18時に大学最寄り駅。
余裕だと思っていたのだけれど、講義の後に一度家に帰って準備をしていたら、結構ギリギリの時間になってしまった。
「本当に駅までで宜しいのですか?」
「相手が電車で行くって言って、きかないんですよ」
「そうでしたか。
奥様は心配なさってましたが、たまには電車も良いものですよ」
「そうかなあ……」
私はこの真っ白な見た目のこともあり、殆ど公共交通機関を使ったことがない。
子供の頃から、移動は基本的にこの"爺"が運転する自家用車だ。
だから今回もうちの車で行こうと誉に言ったのだけど、今日は最初から最後まで恋人としてデートがしたいから嫌だと却下された。
まあ、確かに爺がいたら、普段のままって訳にはいかないだろうけど……。
しかしそのお陰で、話を嗅ぎ付けた超過保護な母親が、危ないだのなんだのと騒いで大変だった。
挙げ句の果てに、母は無関係な兄にまで心配だからついていってやってくれと命じたものだから、更にややこしくなってしまった。
兄は母だけではなく私にも酷く怒るし、本当にうんざりだ。
これは後で誉に悪態の一つでもつかなければ、割に合わない。
家でのことを考えていたらイライラして来て、ポケットの煙草に思わず手が伸びた……が、寸前で引っ込めた。
危ない、つい癖で吸ってしまうところだった。
実は家では、喫煙していることを伏せている。
母親がうるさいからだ。
そう考えると、目的地までそこそこ距離があるのなら、電車で行くというのも確かに悪くないかもしれないな。
降りさえすればいつでも煙草を吸えるというのは、かなりポイントが高い。
「お帰りも電車で?」
「多分ここまでは電車だと思います。
帰る前に、連絡しますよ」
「お待ちしています」
そうこうしている間に、駅についた。
車がロータリーから消えるのを見届けて、内ポケットから煙草の箱を取り出す。
「寒いけど……とりあえずタバコ、タバコ……」
約束の時間までまだ少しあるので、駅の端っこにある喫煙所に直行した。
そして一服をしながらほっと一息ついた、その時。
ふっと視界から眼鏡のフレームが消えた。
「もうこれはいらないでしょ」
"俺"から抜き取った赤い眼鏡を自分の胸ポケットに納めながら、誉は目を細める。
そして上から下まで確認するように見て、一言。
「可愛い」
「……可愛いって何だよ」
「そのまんまだよ、女子かと思った」
「マ、母さんが着ていけってうるさかったんだよ」
「そうなんだ。
ふふ、雪だるまみたいで可愛いよ」
「……」
ダウンにマフラー、帽子と耳当て、ブーツ。
そんな完全防寒な俺に比べ、誉はダッフルコート一枚だけ。
俺なんかこれでも寒いのに、こいつよく平気だよな。
「鼻が真っ赤、可愛い」
「可愛い可愛い言うな!」
「だって可愛いんだもの」
睨む俺を笑顔でかわし、誉は手を差し出して来た。
繋いでなんかやるもんか。
そう思って手を後ろに隠そうとしたが、素早く捕まれ引き寄せられる。
あんまり強い力だったから、そのまま前のめりになって、誉の胸にぶつかってしまった。
するとこれ幸いとばかりに抱き締められる。
「……」
「行こうか」
「…………」
帽子ごしにキスされたことが分かり、恥ずかしくなって赤面する。
しかし誉は気にすることなく、繋いだ俺の右手をコートのポケットに入れて歩き出した。
「やだよ、離せよ」
「この方があったかいよ」
「ここ、どこだと思ってんだよ」
「駅だよ」
「大学最寄りのな!
知り合いがいるかもしれないから、やだ!」
「大丈夫、今の君はどこからどう見ても女子だよ。
ま、その大声でバレるかもしれないけど」
「……!」
思わず口をつぐんだ俺を見て、また誉が笑う。
こいつ、さっきからずっと、やけにニコニコしてやがる。
かなりご機嫌な様子だ。
もしかして、本当に俺とイルミネーションを見に行くのがそんなに嬉しいのか?
……そう思うと悪い気はしない。
それに、もうここまで来てしまった以上、いつまでも怒っているのも野暮か。
横を向いたまま繋いだ手をぎゅっと握る。
すると誉はまたふふっと笑い、その手を握り返してくれた。
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