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【閑話】誉とカイのクリスマス③

「ふあ、あったけー」 「カフェラテなんて飲むんだね。 いつもブラックのイメージがあったけど」 「店のやつはミルクがふわふわでうまいじゃん、だから好き」 観覧車から降り、年甲斐もなくメリーゴーランドにまで乗った俺たちは、流石に寒くなってきてカフェで暖を取ることにした。 「なんだ、言ってくれればいつでも作ってあげるのに」 「えっ、作れんの?」 「道具があるから、作れるよ」 「すげえ。何でもあるな、お前んち」 「ああ、元カノが好」 「……」 「いや、やめておこうか」 笑ってごまかそうったって、そうはいかないぞ。 誉を思いっきり睨んだ後、頬を膨らませ横を向く。 すると窓の向こう、茂みの先から見慣れた背中が出てきたのが見えた。 誉の胸ポケットから駅で取られたままにしていた眼鏡を取り、改めて確認する。 やっぱり間違いない。 「兄さんじゃん」 「え?」 「あそこ」 眼鏡を誉に渡しながら顎をしゃくる。 「ああ、そうだね、航だね。 まあ、ここ有名だからね。 ホラ、となりに女の子いるし、デートかな」 「そうだな……あ、やばっ」 不意に兄が後ろを振り返ったので、慌てて誉の後ろに隠れる。 「別に隠れることなくない?」 「見つかったら殺される」 「そんなことないと思うけど……」 その肩越しに兄の背が小さくなっていくのを見送り、息を吐いた。 「それであんなにキレた訳だ……」 「何の話?」 「今日家で大変だったんだよ。 母さんが、俺がここに来るって話をしたら、兄さんが急にやめろって滅茶苦茶キレたんだ。 きっと麻衣子とデートしてんの、俺に見られたくなかったんだな」 「麻衣子?ああ、連れてた女の子のこと? 君も知ってるんだ」 「知ってるもなにも、幼馴染みだよ。 昔はよくウチに遊びに来てたから」 「ふうん」 「あ、そういえば誉の就職先、橘総合病院だったよな」 「うん、そうだけど?」 「麻衣子の親父さんは、橘総合病院の院長なんだよ」 「へえ」 その瞬間すっと誉から表情が消えた、ような気がした。 怪訝に思って顔を覗き込んだが、その時にはもういつもの穏やかな顔に戻っていたから、気のせいかなとも思ったけれど……。 何とも言えない違和感が気持ち悪くて、押し黙る。 すると誉が、急に俺の頭をわしわしと撫でた。 それから、 「ま、航のことは、あんまり興味ないかな」 と言って、コーヒーを飲み干す。 「随分冷たいな、親友だっつってただろ?」 「それはそれ、これはこれ。 俺が興味があるのは、君だけだよ」 ーーーまたいつもの軽口が始まった。 じとっとした視線を誉に向けつつ、俺も後を追うようにカフェラテを飲み終える。 するとそのタイミングで、 「お腹空いちゃったね。 このお店予約してるんだけど、どう?」 と、誉が携帯の画面を見せてきた。 「京野菜、いいじゃん。おいしそう」 「そういうと思った、じゃあ行こうか」 「お前、俺の好みよく知ってるよな」 「だから言ったろ、俺は君しか興味がないって」 「……」 「あはは、櫂はすぐ赤くなるから可愛いね」 うん、やっぱりさっきのは気のせいだ。 人を子供扱いをして頭を撫でてくる様子は、どう見てもいつも通りの穏やかで優しい誉だ。 俺は自他共に認める偏食且つ少食だが、誉に連れていってもらった店の料理はどれも美味しくて、珍しく沢山食べることが出来た。 未成年だから本当はダメなんだけど、酒が入ったのもあって久しぶりに外食が楽しめたのが嬉しかった。 ただ、それもあって店に長居し過ぎてしまったようだ。 帰りの駅は、かなり混んでいた。 「閉園時間に被っちゃったね」 腕時計を確認しながら、誉が言った。 「また満員はやだぜ、爺呼ぼ」 「だーめ」 「あっ、携帯返せっ」 誉は俺の携帯を高く上げ、一方で自分の携帯を弄り始める。 その間飛び跳ねたりよじ登ったりしながら携帯奪還を狙ったが、全然ダメだった。 クソ、なんでコイツこんなにデカいんだ。 「よし」 「どうした?」 「櫂、休憩して人が捌けてから電車で帰ろう」 「?、うん、それならいいけど。 じゃあ、遅くなるって爺に連絡しとくから、ケータイ返して……」 「大丈夫、今俺から君のお母さんにメールをしておいたから」 「そっか、悪いな……、ん?」 ちょっと待て。 うっかり流しそうになったけど、それ、おかしくないか? 誉は立ち止まる俺を無視して、駅とは反対方向に歩いていく。 「あっ、待て、こら!」 その小さくなっていく背中を追いかけて力一杯叫んだ。 「お前!何で!母さんのメアド知ってるんだよ!」 しかし誉は特に言及してくれることもなく、へらへら笑いながら 「早くしないと置いていくよ」 なんて言ってやがる。 とりあえず質問に答えて欲しいのだが、そのつもりはなさそうだ。 そしてその数分後、ついて行った先のまるで城のような建物を見て、俺は硬直した。 「ちょちょちょ、ちょっと待っ」 「ん?どうしたの?」 そのどう見ても怪しい壁の向こうに入っていこうとする誉のコートを引っ張る。 「どうしたもこうしたも!ここ……」 「ああ、うん、ラブホだけど」 「何普通に言ってるんだよ!」 「や、君こそ何焦ってるの?」 「だ、だ、だって、ラブホだぞ?!ラブホ!」 「休憩しようって言ったじゃないか」 「休憩って……」 「大丈夫?酔ってる? そこの垂れ幕、読めないの? 読んであげるよ、ご休憩、三時間五千え」 「読めるわ!! 何でラブホで休憩なんだよ! 居酒屋とかカラオケでいいだろ!」 「クリスマスイヴのこの時間に空いてるところなんてないよ。 ここだって、空いているのが奇跡みたいなもんだよ?」 「け、けど!はずかしいだろ!!」 「……それだけ大声でラブホラブホ連呼してる方がよっぽど恥ずかしいと思うよ……。 ほら、もう行くよ」 「ちょっ、やっ、やめろ、抱くな離せ!」 誉はヒョイと俺を小脇に抱えて、ラブホの中へと入っていく。 いくら暴れてもビクともしない腕の中で、初めて入ったその中を恐る恐る見回した。 俺が知っているホテルとは明らかに違う薄暗くて長い廊下。 何故か突然現れる大きなパネル。 何かの絵、いや、客室の写真が幾つも載っている。 そのうち二つだけがバックライトがついて明るく、それ以外は暗くなっていた。 その意味がよくわからないし、そもそもラブホってエッチなことをするために入る場所だよな。 てことは、今ここにいる他の客って皆……。 そう思うともう恥ずかしくて恥ずかしくて消えてしまいたい。 「んー、櫂、どっちがいい?」 しかし、そんな俺の一方で誉は至って冷静だ。 パネルを見ながらあっさりした声で尋ねてくる。 「知るか!」 「うーん、悩んじゃうな」 と、その時後ろから自動ドアが開く音と、人の声が聞こえてきた。 男二人でこんなところにいるのを誰かにみられるかと思うと、もう耐えられないくらい恥ずかしくなって、 「ああもう、右!右にする」 と、ロクに見もせずに答えると、 「SMルームがいいの? 櫂、意外と積極的だね」 と、誉が驚いたように返して来た。 確かによく見ると、右側の写真の部屋は真っ赤で変なバツ印の台が中央に立っている。 その後ろの打ちっぱなしっぽい壁からは手錠と鎖が釣り下がっているし、いかにも物騒な様子だ。 「は?!やだよ、普通の方にしろよ! つーか、だったらお前も悩むなよ!」 「ハイハイ、気持ちがはやるのはわかるけど、少し落ち着こうね」 「はやってねえし!落ち着けるか!!」 「ま、今日は左のプリンセスルームにしとこうかな。ジャグジーついてるし。 SMルームはまた今度ね?」 「次はねえし!!!」 誉は俺を抱えたまま、器用にパネル横のボタンを押す。 すると今度はボタンの下の口から紙が出てきたからビックリした。 「さ、行こうか」 そしてそのままズンズン奥へと進んでいく。 途中、フロント的な小さな窓口が見えたが、無人だった。 誰にも会わないで中に入れるシステムにちょっとだけ感心し、次第に好奇心が出てくる。 誉もそれを察したのか、やっと下ろしてもらえた。 とは言っても何となく怖いので、誉のコートの裾を掴みながら、後をついていく。 エレベーターに乗って五階に上がる。 少しかび臭い廊下の突き当たりが部屋のようだ。 部屋の中に入ると、真っ先に「料金を支払ってください」と声が響いたのでビックリした。 ドアの真横に自動精算機がついてるんだぜ、信じられねえ。 誉が手際よく紙幣を入れているのを見て逆に感心すると同時に、気がついてしまった。 「お前今、宿泊分の料金入れただろ」 「あはは、バレた?」 「休憩じゃなかったのかよ」 「"朝まで"休憩。 電車も空くよ、明日休みだし。」 「……」 「ほら、もう観念して部屋の中を探検しておいで。 君のことだから、ラブホは初めてだろう?」 コートを脱がされ、背中を押される。 「……やだよ、一緒に行こうよ」 「怖がりだなあ……」 けど、そう言われてもこんなところに来たことはないし、そもそもいいイメージもない。 勇気が出なくて、その大きな体の後ろに隠れる。 すると誉は苦笑いをしながら、二人分のコートをハンガーにかけてクローゼットに仕舞った。

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