6 / 9
第6話
[春馬、春馬?」
スティーブと相談し、春馬から別れを切り出せるよう、浮気をしているふりをすると帝人は決めた。
四十を越えた自分と、三十代に差し掛かった春馬とでは、同じ十年でも全く違う。しかもこの先、帝人が年をとり、スティーブと同じとまではいかなくても、春馬に無理を強いるだけの境遇にならないとも限らなかったから。
とにかく、春馬をそんな目に会わせるのだけは嫌だと思っていただけで、自分と別れる事が春馬の為になると帝人は思い込んでいたのだ。
床に落ちていた自らの携帯を拾い上げる。打ち合わせ通りスティーブからメールが届いており、既読になっている。
しかし、そのメールをみて自分を詰り、怒りと共に別れを告げるはずの春馬の姿はなかった。
「春馬、どこにいるんだ」
3LDKの決して広くはない室内を丁寧に探しても、春馬の姿はみつからなかった。
こんなはずではなかった、春馬は自分を責めて身軽になり、大手を振ってこの部屋を出て行くべきで、この夜更けに何も持たず、ひっそりと身を引くようにいなくなっていい存在ではないのだ。
「薮下、春馬がいなくなった。頼む、春馬をさがしてくれ」
長年秘書として仕える薮下に、助けを求める。薮下は、帝人にとって春馬がどれだけ大切な存在であるかを知る数少ない存在だ。
「また、何をやらかしたんですか?」
あきれた声で薮下が尋ねるが、これまでの痴話喧嘩とは話が違うから、とにかく春馬の無事を確かめてほしいと泣きついた。
「あなたに付き合える人は春馬さんしかいないんですよ。そんな事さえ解らないお馬鹿さんとはしりませんでしたよ」
辛辣な言葉を浴びせられる。
ごもっともだ。
わかってる、解ってるから恐くなったのだ。春馬ほどのいい男が、老いぼれて魅力もなくなった自分を、変わらず愛してくれるだろうかと…、不安になったのだ。
捨てられる恐怖に耐えられず、春馬に呆れさせるようにと言いつつ、彼を試す行動に出てしまった。それが春馬を傷つけるような内容でしかなかったと気付けないほど、自分は春馬に首ったけだったのだ。
すまない春馬、俺が悪かった。
それから、近所を探し回っても、知り得る限りの知人に連絡をしても春馬の行方は知れなかった。ただひたすら、春馬の無事を祈る事しか帝人には出来なかった
ともだちにシェアしよう!