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第7話
「いらっしゃいませ」
もう顔馴染みになっているにも関わらず、バイトの女の子は大きな声で春馬を迎えた。
あの日から、帰るところを無くした春馬は、漫喫で寝泊まりしていた。
元々翻訳家として在宅で仕事をしていた春馬であったから、ネット環境さえ整っていれば仕事は出来る。食事も取れシャワーもある漫喫は、安息さえ求めなければ春馬にとって良い環境と言えたのである。
帝人と暮らしていたマンションを飛び出してから、二週間が過ぎていた。携帯には日に数十件の帝人からの着信があったし、春馬が契約している出版社の方にも連絡が欲しいとメッセージが残されていた。
話も聞かず逃げ出した自分を気にして、探してくれる帝人の行動は有り難かったが、弱虫の自分は帝人からの別れの言葉を聞くことが出来ないのだ。
「みっちゃん、今日もいつものとこ空いてる?」
定宿と化した個室の番号札を受けとる。漫画コーナーからも飲食コーナーからも離れていて、人の動きが気にならない店の奥の個室に落ち着くと、コンビニで買った下着とトラベルセットを持ってシャワールームに向かう。両手を伸ばす事も出来ないスペースで、体を洗い同じ場所で水気を拭き取る。服が濡れないよう着替え終えた春馬は、いつものように店の外の自販機にコインを投入した。店内のドリンクコーナーにもあるのだけれど、この時だけは人を介さず一人でいたかった。
自販機から吐き出されたをミルクティーを飲みつつ、春馬は瞬く星を見上げ祈った。帝人が、帝人の家族が幸せになりますようにと。
多分、誰に聞いても、そんな自己犠牲は流行らないし、いい格好をしてると言われるだろう。自分でもそう思うのだが、帝人の事を、帝人の幸せを考えると、彼が一般的な家庭を望むのであれば、それを叶えられる女性と一緒になる方がいいに決まっている。
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