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第8話
春馬が帝人と知り合ったのは、帝人の経営する会社の海外向けパンフレットの翻訳を引き受ける事になったからだった。
最初の打ち合わせで、帝人自身が留学経験もあり、問題なく英訳出来ると知った春馬は、翻訳家を使わなくてもいいのではないかと指摘した。そんな春馬に、自分の仕事を無くすような提案はしないのではないかと、笑った帝人の笑顔に春馬は心を奪われた。
それから仕事を通じて意気投合した二人は、いつの間にかプライベートでも少しづつ歩みより、お互いにかけがいのない存在になっていた。いや、初めての恋に夢中になり、自分一人が勝手にそう思い込んでしまったのだ。
同性愛が認められるようになったとは言え、まだまだ後ろ指を指されるのが現実だ。それなのに帝人さんは自分だけを特別に想ってくれていると自惚れていた結果、彼の幸せを随分邪魔してしまった。
お詫びにもならないが、帝人さんの子供が無事産まれるよう、これから毎日祈り続けると春馬は決めていた。もちろん自分が祈ったら無事出産出来るというわけではないが、無理に帝人を忘れようとするよりは、新しい命の誕生に気を逸らす方がまだ痛みを感じなさそうだったからだ。
情けないと思う。大好きな人の幸せを喜んであげられない自分。心に忍びよる憎しみを追いやるために、帝人さんの赤ちゃんの誕生を受け入れているんだ。
「寒い」
冷え症気味の春馬は、夏でもしっかり湯船に浸かる派だった。帝人の部屋を後にして以来、シャワーだけで済ませているうえに、満喫の個室でペラペラのブランケットを被って寝る生活を続けているから、常時体が冷えている。
これまではどんなに寒い日も、布団以上に暖かい帝人に抱き込まれ、ぬくぬくになって安眠出来たのだけれど、もうそれも叶わない。
温もりが恋しくて、胸がぎゅっと痛む。握り締めたミルクティーの缶、その文字がボヤけて見えるのは力を入れすぎて潰してしまったからだろうか。
そんな風にメソメソしているところに、突然声を掛けられた春馬は驚きに飛び上がりそうになった。
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