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第37話

「ヴァルハラで長いこと生活してるとね、少しずつ当たり前の倫理が薄れてくるんだ。死んでも復活できるからって、割とくだらないことで相手を殺しちゃう。そして仲間が殺されそうになっていても助けない。死体を回収して蘇生しちゃえばチャラになるからね。一緒に狩りに行った他の戦士を見ればわかるだろう?」 「…………」  確かにそうだ。彼らはアクセルが攻撃されていても一切手を貸そうとしなかった。  でも本来は決して悪い人たちではなく、指導してくれたショーンもイノシシを分けてくれた戦士も、皆親切で気のいい人たちだった。人間だった頃は、仲間がピンチになったら普通に助けに入っていたのだろう。  でも、ヴァルハラで生活していたらその感覚が薄れてしまった。死ぬ前に助けるのではなく、死んだ後に蘇生する方を選択するようになってしまった……。 「もちろん、その選択が悪いわけじゃないけどね。ただ、お前のように身を挺して子うさぎを守るような戦士はヴァルハラにいないってこと。どんなに実力のある戦士だって、意識的に感覚を保っていないとすぐに獣に堕ちてしまう。……もちろん、私も」 「…………」 「だからお前も、その人間らしさを忘れないようにね。オーディン様の戦士に獣はいらないから」 「……はい」  それからしばらく二人は無言でいた。泉に辿り着くまで、アクセルは兄に担ぎ上げられたまま、その背中を見ていた。  ――兄上の背中は、未だに大きいな……。  年齢は追いついたのに、中身は全然追いつけている気がしない。近づけば近づくほど、未熟でちっぽけな自分を思い知らされる。今もこの通り、無様に負傷して兄に運ばれている始末だ。  情けない。本当に情けない……。 「はい、着いたよ」  オーディンの泉に到着し、アクセルは肩から降ろされて正面で抱っこされた。そのまま一緒に泉に入っていこうとするので、肩を押して抗議する。 「あ、兄上……じゃなくてフレイン様、もうここまででいいですから……」 「怪我人が遠慮しないの。それに多分、一人だと我慢できないよ。この怪我だとね……」 「え……」  千切れた左足の先に水面が触れた。そのまま少しずつ泉の奥に連れて行かれ、とうとう胸元まで水に浸けられた。

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