41 / 1992

第41話

 熱い粘膜が擦れ合い、湿った水音が耳朶を打ち、ぞくぞくしたものが背筋を這い上がってくる。空気を求めて首を振ったら、それを咎めるように両手で頭を掴まれてしまった。 「んんっ! う、ふあ……あに……う、んっ」  上手く呼吸できなくて、生理的な涙が滲んでくる。酸欠で頭がぼんやりして、細かいことが考えられなくなり、無意識にくぐもった悲鳴を漏らしてしまう。 「うう、んっ……っ、あ……」  ようやく唇が離れ、アクセルは大きく咳き込んだ。 「げほ、げほ……っ」  身体が熱い。キスひとつでこんな風になってしまうなんて知らなかった。  というか、キスというのは唇同士を触れ合わせる愛情表現じゃないのか……?? 「お前、あまり経験ないね?」 「っ!?」  図星を刺され、ハッと顔を上げる。兄・フレインはにこりと微笑んで言った。 「人間だった頃はそんなにしたことなかったのかな? 昔からかなりモテてたのに、真面目なんだね」 「っ……!」  かあぁっと頬が熱くなった。恥ずかしさが二重、三重に襲ってきて、滲んでいた涙がぽろりとこぼれ落ちる。 「泣かないでよ、アクセル。おねだりしてきたのはお前の方なのに」 「知らなかったんだ、こんなの……」 「? お前、大人のキスしたことないの?」 「……そんなの……誰としろと……」  この時ばかりは、鍛錬しかしてこなかったことを後悔した。  人間だった頃は兄に早く追いつくために鍛錬し、兄が死んでからはヴァルハラに行くために鍛錬し、ヴァルハラに来てからはランキングを上げるために鍛錬してきた。もとより色恋沙汰に興味はなく――というか、兄以外の人物は眼中になく――ひたすら強くなるために腕を磨いてきた。  だが、そのせいで肝心な時に必要な知識がすっぽり抜け落ちてしまったようだ。  フレインが優しく髪を梳いてくる。 「本当に何にも知らずに大きくなったのか。なら、こっち方面はほとんど未経験だと思っておいた方がよさそうだ」 「……悪かったな、子供っぽくて」 「いや、汚れてないようで安心した。その純粋さは大切にしないとね」 「……?」  何か含みのある言い方だった。怪訝に思って兄の顔を見た時、泉の岩場から声がした。 「おーい、そこの二人! 怪我の治療は終わったかー?」

ともだちにシェアしよう!