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第42話

 ハッとして兄から身体を離そうとしたのだが、フレインは腕に力を入れたまま離してくれなかった。 「兄上……もう大丈夫だから」 「うん、じゃあもう少しこのままでいようか」 「いや、だから大丈夫だと……」 「何? お前、そんなに私から離れたいの?」 「そ、そうじゃないが、人がいるし……」  岩場の上からこちらを見下ろしているのは、ランキング五位のジークだった。二人きりならかまわないが、第三者が見ているところで密着するのは、心理的抵抗が大きかった。  顔を赤くして俯いていると、ジークは全く気にした様子もなく大声でこちらに呼びかけてきた。 「完治したならイノシシ捌くの手伝ってくれー! それと、料理が得意な戦士は厨房を手伝いに行ってくれー!」 「おや、そんなに手が足りてないのかい?」 「ああ! ランゴバルトのおかげで、今宵の宴は大盤振る舞いだ! ヴァルハラ名物、イノシシのシチューがなんと食べ放題だぜ! ただし、このままでいくと調理が間に合わない」 「だから手伝えってことね。わかった、アクセルが手伝うよ」 「えっ? 俺が?」  驚いて兄を見たら、彼はにこりと笑ってこう言った。 「そうだよ。お前、料理得意なんでしょ?」 「苦手ではないが……イノシシのシチューくらい、誰でも作れるのでは」 「いいじゃないの。せっかくだから私に美味しいシチュー振る舞ってよ」 「……承知した」  兄の口に入るものなら、いい加減なものは作れない。心を込めて調理しなくては。 「あー、それと、ユーベルが『(つるぎ)の舞』を披露するらしいぞー! 見惚れて斬られないように気をつけろよー? 特に見たことないヤツは棺送りになることが多いから、宴に出る時は装備をしっかりしてなー」  と、ジークが大声で忠告してくれる。  ユーベルというのは、先程兄と一緒に現れた長身の男性だろう。目元に赤いシャドウが入っていたのを覚えている。  発表されるランキングでは、いつも「四位」に名を連ねていた。  なるほど、あの人がランキング四位のユーベルだったのか。物言いからして少々変わっていたが、果たして「剣の舞」とはどんなものなのだろう……。

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