64 / 2003

第64話

 ――ホントに死にたい……。  こんなに死にたくなったのは兄を亡くして以来かもしれない。  戦いの快楽に呑まれた挙げ句、一番大切な兄を殺してしまった。いくら蘇生できても、こんなの許されることではない。自我を保ったまま相手と死合うのとはわけが違うのだ。 「よう、弟くん。さっきはお疲れさん」  顔を上げたら、ジークと目が合った。腰に手を当ててこちらを見下ろしている。 「余計なお世話かもしれんが、返り血浴びたままそこにいると落ち武者みたいだから、せめて水浴びしてからにしてくれないか? お前さんも、そのままじゃ気持ち悪いだろ」 「…………」 「随分落ち込んでんな? 大好きな兄貴を殺しちゃったのがそんなにショックだったか」 「…………」 「でもここはヴァルハラだ。失敗しても許される世界だ。もっと強くなりたいなら、早いところ立ち直るのがベストだぜ」 「…………」 「とりあえず、早いとこ汚れを落としてきな。水を浴びれば少しは頭もスッキリするだろ」  ジークに促され、アクセルはのろのろと腰を上げた。確かに、こんな血まみれのまま兄と顔を合わせるわけにはいかない。せめて衣装くらいは取り替えてこなくては……。 「気にすんな。狂戦士初心者ならよくあることだ。フレインも夜には復活するだろうし、早く気持ちを切り替えろよ」  ジークとすれ違いざま、彼に軽く肩を叩かれた。親切な人だ。もともと面倒見がいいタイプなのか、兄とは違う意味で包容力を感じる。  また泣きたくなるのを堪え、アクセルは小さく聞いた。 「ジーク様は……ああいう失敗したこと、ないんですか……?」 「ああ、間違って相手を殺したことか? そりゃあるさ。数え切れないほどな」 「え……」 「オレだって最初から完璧だったわけじゃない。昔はいろいろやらかしたもんだ。失敗しすぎて破魂(はこん)直前までいったこともあるんだぜ?」 「破魂……?」 「ああ、お前さんはまだ知らねぇのか。狂戦士(バーサーカー)になったまま我を忘れて戻れなくなると、『完全獣化』って判断されて魂砕かれるんだよ。これを『破魂』って呼んでるんだ。ヴァルハラの戦士にとっては『死』みたいなもんだな」  それは初耳だ。「破魂」というのも初めて聞いたし、ジークの体験談も意外だった。ランキングの上位に居座っている戦士たちも、それなりの経験を積んでいるみたいだ。

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