65 / 2002

第65話

 ジークが苦笑した。 「いいじゃねぇか。お前さんには失敗をフォローしてくれる兄貴がいるんだから。本来なら殺して止めるところを、あいつはわざわざ自分が殺される方を選んだんだぜ? そこまでしてくれた兄貴の思いやり、無駄にすんなよ」 「…………」 「じゃ、またな」  軽く手を掲げ、ジークは立ち去っていった。  ――『兄貴の思いやり』か……。  また胸がズキンと痛んだ。  兄・フレインの思いやりなんて、今更言われなくてもわかっている。人間だった頃からずっと優しくて、歳の離れた自分を可愛がってくれた。今でももったいないくらい愛情を注いでくれるし、何かあった時は必ず助けてくれる。  だが、それだけに時折申し訳なく思うこともあった。兄上はこんなに俺を愛してくれているのに、俺は何もお返しできていない……。  そんなことを悶々と考えながら、アクセルは自宅に戻った。  血に汚れた服を無造作に脱ぎ捨て、浴室で全身の汚れを落とす。流した水に返り血が溶け、赤っぽい液体となって排水溝に消えていった。  それを見たら、また罪悪感がこみ上げてきた。  深々と息を吐き、アクセルは浴室を出た。  汚れた服を洗濯に出し、平服に着替える。黒を基調にしたシンプルな衣装で、作業しやすいよう余計な装飾はほとんどない。その代わり、胸や脇にたくさんポケットがついていた。もとよりおしゃれにもあまり興味がなく、こういった機能的な服装の方が好みなのだ。  夕方近くになって、もう一度オーディンの館に行ってみた。そこで係の男に兄の状態を聞いてみたら、驚きの台詞が返ってきた。 「フレイン様なら、三十分前ほどに目覚められましたよ」 「えっ、そうなのか? どこに行ったかわかるか?」 「さあ……『ご苦労様』と仰ったきり、ふらっとどこかへ行かれてしまったので」 「そうか……ありがとう」  仕方なく館を後にする。  ――困ったな……。

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