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第86話

 すると兄は笑いながら手を握ってきた。 「大丈夫大丈夫、もうしないよ。お前が傍にいてくれれば、私は誰かと遊ぶ必要もないしね」 「……本当か?」 「本当だって。お前よりいい男なんていないもの」  サラリとそんなことを言われ、ついキュンとしてしまった。  むくっと上半身を起こし、兄が軽く口付けてくる。 「そういうお前も油断しないようにね。顔見知りだからって、気軽に男の家までついて行っちゃだめだよ?」 「……なんだそれ。兄上は美人だけど、俺をどうにかしようなんて奴いないだろ」 「そういう無自覚なところが心配なんだよなぁ……。まあ、可愛い弟に変なことする人がいたら、お兄ちゃんが全部斬っちゃうけど」 「……兄上」  冗談めかして言っているが、この兄だったら普通にやりかねない気もする。意外な独占欲を嬉しく思いつつ、アクセルは話題を変えた。 「そう言えば兄上、夕食はどうする予定なんだ?」 「あー……確かに訓練後から何も食べてなかったね。ちょっとお腹空いてきたかも」 「食材があるなら、俺が何か作ろうか?」 「ほんと? いいの?」 「ああ、そんなすごい物は作れないけど」  そう言ったら、兄はぱあっと顔を輝かせた。兄には失礼かもしれないが、ちょっと可愛いなと思った。 「あの……その前に浴室借りていいか? 湯浴みをしたい」 「うん、いいよ。浴室はそこの廊下を歩いてすぐ右の扉さ」  アクセルはベッドを降りて浴室に向かった。広々とした脱衣所にタオルを置き、扉を開けて浴室に入る。 「……広っ」  浴室に入った第一声がそれだった。浴室の広さだけで畳四枚分くらいありそうだし、湯船は大人一人が手足を伸ばして入れるくらいゆったりと作られている。アクセルの自宅の浴室とはまるで比べ物にならなかった。  上位ランカーになるとこういう贅沢もできるようになるんだな……と思いつつ、アクセルは蛇口を捻って浴槽に湯を張った。  湯が溜まっていくのを眺めつつ、そっと腹部に手を当てる。他人の熱が体内に残っているのがわかり、言いようのない感情に胸が締め付けられそうになった。

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