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第97話
「……なんだか随分夢が多いな?」
「細かい夢ならたくさんあるよ。『一緒にご飯食べたい』とか、『紅葉狩りしたい』とか、『買い物に行きたい』とか、いろいろね」
「そうか……。そういう簡単なことならいつでも付き合うが」
「ほんと? じゃあ今度紅葉狩り行こうか。今はとってもいい季節だからさ」
頷いたら、兄は心底嬉しそうに笑った。兄が笑ってくれればアクセルも嬉しい。
――幸せだな……。
ヴァルハラに来てよかった。ここなら悲しい死別もない。血筋や年齢等に縛られて気持ちを封印する必要もない。
兄に追いつくために死に物狂いで鍛錬してきたけれど(まだ完全には追いついていないが)、それはもしかしたら、この幸せを得るためだったのかもしれない。
「兄上……」
ずり上がって、兄の柔らかな髪に鼻先を埋めた。ほのかに甘い香りがした。
兄の腰に手を回して胸元に引き寄せる。全身で包み込むように、優しく抱き締めた。
「あなたが好きだ。物心つく前からずっと」
そう言ったら、兄も背中に両腕を回してきた。幸せそうに首筋に顔をすり寄せ、抱擁を返してくる。
「うん、私も愛してる。お前が生まれた時からずっと」
兄がすぐ下から見つめてくる。青い瞳に慈愛のような光が宿っていた。
アクセルは兄の頬に片手を添え、遠慮がちに口付けた。初めて自分からキスした。兄のように上手なキスはできないけれど、精一杯の気持ちは込めたつもりだ。
その後は、お互い身体を寄せ合って眠った。とてもいい夢を見たような気がした。
***
翌朝、アクセルは兄より一足先に目を覚ました。自分が起きた時、本当に隣に兄がいて、まだ夢を見ているような心地がした。
兄を起こさないように、そっとベッドから降りる。冷たい水で顔を洗い、普段着に着替えたところで、手持ち無沙汰になり椅子に座り込んだ。
――そう言えば、朝食の食材が何もないんだった……。
残っていたわずかな食材は、昨日の夕食で消えてしまった。朝の市場で買い物をしたいが、兄を残して出掛けるわけにもいかない。
さて、どうするか……。
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