99 / 2002

第99話

「ところで兄上、家に食材が何もないんだ。朝市にでも行かないか?」 「わあ、アクセルと買い物! いいね、行こう行こう」  嬉しそうに着替えている兄を横目で見ながら、アクセルもこっそり微笑んだ。  昨日から兄はとても楽しそうだ。年長者らしからぬ無邪気な顔で笑う。「今まではお兄ちゃんぶっていた」と漏らしていたように、本当はこんな風に可愛らしい一面を持つ人なのかもしれない。  ――こんな兄上が見られるなら、それだけでヴァルハラに来た甲斐があったかもな……。  簡単に身支度を整え、財布と買い物籠だけを持って市場に向かった。  アクセルはいつもの要領でジャガイモや鶏肉を購入していたのだが、兄が市場に来ることは珍しいらしく、行く先々で声をかけられていた。 「あれ、フレイン様。どうしたんですか、こんなに朝早く」 「ああ、今日は弟とデートなんだ。いいでしょう」 「アクセル様と一緒でしたか。本当に仲がよろしいですね」 「そりゃあもう、アクセルと私は相思相愛だからね。昨日のお泊りなんかとっても……」 「あああ兄上! そろそろ行くぞ!」  世間話を遮り、アクセルは慌てて兄の腕を引っ張った。まったくこの兄は、一体何を話しているのか。油断も隙もあったもんじゃない。 「おや? アクセル、あっちに何か美味しそうな食べ物が売っているよ」  するっと手を離れ、スタスタと横道に逸れて行くフレイン。  ミルクを購入中だったアクセルは、焦ってコインを落としてしまった。 「ああもう……! 兄上、ちょっと待ってくれ」  お金を払ってミルク瓶を一本ひったくり、急いで兄を追いかけた。  兄はとある出店の前で足を止めていた。二段組の丸い(ふか)し器の上に、白くて丸い(こぶし)大の塊が置かれている。白い蒸気でもくもく蒸かされているようだ。 「ね、美味しそうじゃない? これ何ていう食べ物?」 「いや、俺も初めて見た……」 「それは我が祖国の名物、『温泉まんじゅう』だ」  不意に、横から野太い声が聞こえてきた。そちらに目をやったら、体格のしっかりした長身の男がこちらを見据えていた。

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