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第198話

 上の者を妬んだことなどない。そんな暇があるなら少しでも多く努力して、自分を高める方を選ぶ。人の足を引っ張るような卑怯な人間にはなりたくない。だから憧れを抱くことはあっても、嫉妬したり不満を覚えたりすることはなかった。  それなのに……。 「ここまで来れば、ひとまず大丈夫でしょうか」  ユーベルが山の麓で足を止めた。一気に下山したので、さすがに息が切れてきた。 「それではフレイン、弟くんのお世話はお願いしますよ。わたくしは時間を置いて、再度ハチミツ採集に行って来ますので」  そう言って、ユーベルはさっさとその場を立ち去ってしまった。 「あはは、結局山登りだけで終わっちゃったね。でも一味違う山登りだったから、それなりに楽しめたかな」  と、兄が笑い飛ばす。彼は相変わらず涼しげな顔をしており、息もひとつも乱していなかった。自分とは大違いだ。 「はぁ……はぁ……っ」  しかし、単なる山登りだけでここまで息が切れるものだろうか。息切れだけの苦しさにしては、ちょっとおかしい気がする。全身の倦怠感に加え、何かこう……腹の底から精神的な不快感がこみ上げてくるような……。 「……? お前、どうしたの? なんだか顔色悪いよ?」  兄が訝しげにこちらに手を伸ばしてくる。  慌てて「何でもない」と答えようとしたが、息が詰まって咄嗟に声が出なかった。  兄の手のひらが額に触れた。 「おや……ちょっと熱っぽいね? 朝は元気そうだったのに」 「あ、ああ……なんか、下山し始めてから、急に……」 「……もしかしてハチに刺された? 反射的に切った時に一緒に針も刺さっちゃったのかな……」 「……それは知らんが」  兄の台詞を聞いていたら、余計に苛立ちが募ってきた。  朝は何の問題もなかったから、絶対山に入ったことが原因だ。兄の言う通り、ハチの針が刺さっていたのかもしれない。  だけど、そもそもこんなことになったのは誰のせいだ? 兄が「ハチミツを採りに行こう」などと言ったからではないか? ハチミツ採集の経験なんてないのに、気まぐれに強行して弟をこんな目に遭わせたのは誰だと思っているんだ?  ――こいつさえいなければ……。

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