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第212話
大好きな兄の姿を見て反射的に喜びがこみ上げてきたが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。いつもより表情が硬く、周りの空気も重い。どうやら虫の居所が悪いみたいだ。
「ちょっと来なさい」
「えっ? うわっ……!」
結構な力で引っ張られ、アクセルは思わずつんのめった。そのまま強引に連行され、さすがに困惑してしまう。
「あ、あの、兄上……どこ行くんだ……?」
「…………」
「手、離してくれないか……? ちょっと痛いんだが……」
「…………」
「兄上……」
何を言っても答えてくれない。理由はわからないが相当怒っているらしい。
――どうしよう……。
この空気は苦手だ。穏やかで優しい兄は、こんな風に怒りを露わにすることは滅多にない。仮に怒ったとしても、その怒りはアクセルではなく他の誰かに向けられることがほとんどだった。
だから、こんな風に怒られると正直怖くてたまらない。本当は今にも泣いてしまいそうだった。何に怒っているかわからない分、余計にどうしていいかわからなかった。
「っ……!」
山の麓で乱暴に手を離され、アクセルはよろよろと周囲を見回した。ここは確か昨日ハチミツ採集で登った山だ。その入口だ。
「あの、兄上……?」
「どこまで覚えてる?」
「えっ……?」
「昨日のこと、どこまで覚えてるの? 全部正直に言いなさい」
「は、はい……」
正直に言わなかったら殺されそうな雰囲気だ(もっとも、嘘をつく理由もないけど)。アクセルは恐る恐る答えた。
「ハチを斬ってしまって、急いでここまで戻ってきたことは覚えてる……。でもその後のことは曖昧で、具体的に何をしていたかは……」
「……そうか」
「あの……俺、兄上に何か失礼なことをしてしまったのか? それで怒ってるんだよな……? だったら謝るよ、本当にすまない……」
「…………」
そう言ったら、兄は長い溜息をついた。空気が一段階重くなったように感じた。当たり前の謝罪では怒りは拭い去れない……それどころか、逆効果のような気さえした。
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