218 / 2001

第218話

「アクセル」 「…………えっ?」  思わず二度見してしまう。聞き間違えでなければ、ピピは確かに「アクセル」と言った。いつもの「ぴー」という鳴き声とは全然違う、落ち着いた声で。 「きみ、喋れるのか……?」 「アクセル」 「うわ、本当だ……! すごいじゃないか……!」  驚きと感動が入り交じり、目を丸くしてピピを見下ろす。ヴァルハラの動物は摩訶不思議なものが多いが、まさか言葉を喋れるうさぎ(成長したらデカいカンガルー)がいるとは……。 「他の言葉は? 言えるか?」 「アクセル」 「……まだ無理かな?」 「アクセル」 「そうか……。いや、いいよ。これだけでも十分すごい」  インコが時々人の真似をして謎のお喋りをするのと似ている。もっといろいろな言葉を教えれば、「おかえり、アクセル」みたいなことを言ってくれるかもしれない。  ――そしたら、かなり癒されるな……。  そんなことを考えた自分に気付き、思わず失笑してしまう。  兄は「とっても傷ついている」と言っていたが、自分も、他のものに安らぎを求めてしまうくらいには落ち込んでいるようだ。大好きな兄と別れた直後なのだから、当然と言えば当然だが。 「兄上……」  ずきん、と胸が痛んだ。もうしばらく兄には会えないのだ。「アクセル」と呼んでもらえないのだ。一緒に寝起きしたり、食事したり、買い物に行ったり、鍛錬したりすることもできないのだ。顔を合わせないというのはそういうことだ。 「アクセル」  慰めるように、ピピがもう一度自分を呼んだ。つぶらな瞳でこちらを見上げ、悲しげに長い耳を垂らしている。  それを見たら、ぼろぼろ涙が溢れてきた。外にいるのにどうしても止められなかった。 「兄上ぇ……」  ピピを抱き締めながら、アクセルは泣いた。ぐちゃぐちゃにもつれた感情を処理する術もわからないまま、子供のようにただ泣きじゃくった。

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