228 / 2001

第228話

 不意に、兄がふらふらと立ち上がった。心配になって、アクセルは兄についていった。兄は森を抜け、山を登り、立ち入り禁止になっている火山の噴火口に向かった。  ――兄上……。  噴火口の縁に立つ兄に手を伸ばす。兄上、そこは危ない。早く戻ろう。  だが兄の目は虚ろなままで、まるで生気がなかった。人形のように空虚で、生きる屍のような雰囲気が漂っている。  兄の身体が傾いた。すらりとした美しい身体は、重力に従って噴火口に落下していった。  ――待ってくれ、兄上……!  俺は生きてる! まだ死んでない! だから身投げなんてしないでくれ……! 「っ……!」  そこで目を覚ました。周囲は暗いままで、夜明けにはまだ時間があるみたいだった。ピピも寝床で丸まって睡眠中である。  ――なんだったんだ、あの夢は……。  なんとも目覚めが悪い。現実でないことが唯一の救いか。自分がイノシシに喰われて、兄が火山に身投げするなんて、そんなこと絶対に起こって欲しくない。  多分、アクセルが気をつければ避けられる事態だと思うけれど……。 「はあ……」  こんな夢を見ると猛烈に兄に会いたくなる。今何をしているのか。ちゃんと無事でいるか。  さすがにこんな夜中に会いに行くわけにはいかないし――というか、会いに行くこと自体ダメなのかもしれないが――気付かれないところから様子を窺うくらいなら、怒られないかも……。 「…………」  アクセルはパタリと枕に頭を落とした。  明日は死合いがある。兄の姿を見たら、感極まって死合いどころではなくなるかもしれない。気になるのはやまやまだが、いつまでも兄のことを考えているわけにはいかない。けじめはしっかりつけなくては。  そう自分に言い聞かせ、アクセルはもう一度目を閉じた。今度は朝まで何の夢も見られなかった。

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