237 / 2001

第237話

「っ……!?」  反射的に身を硬くし、小太刀の柄に手をかける。地震のような地響きは、だんだん大きくなってこちらに近付いているようだった。  ――こんな麓にもイノシシが現れるのか……?  ここなら大丈夫だろうと思っていたのに。早く山から出た方がいい。  そう思って振り返ったら、何故かロシェの姿がなくなっていた。いつの間にいなくなったのか。先に帰ったんじゃないだろうな。  ――まったく……逃げ足の早いやつだ。  だったら自分もさっさと逃げるに限る。アクセルは背後に気をつけながら、後ろ走りで来た道を戻った。本当は前を向いて全力で走りたかったが、イノシシに背を向けたらエサだと認識されてしまう。  前方の様子を伺いつつ、なるべく早く走ったのだが、葉の隙間からチラリと見えたその姿に、思わず目が丸くなった。  ――イノシシ、じゃない……?  大きいことは大きいが、イノシシの毛並みと違う。毛皮の色も白……いや、完全な白というより銀色に近いか。イノシシ特有の牙がない代わりに、眼光がやたらと鋭い。これは典型的な肉食獣の目だ。イノシシのような雑食ではなく、肉になる獲物を求めている獣の目だ。  その獣が、周りの木々をなぎ倒しながらずんずんこちらに迫ってくる。  ――ちょっと待て、なんだこいつは……!?  見た目は巨大なオオカミ……に見える。少なくともイノシシでないことは確かだ。  しかし普通のオオカミにしては姿が異形だった。銀色の毛並みはともかく、何故か頭が二つある。双頭のオオカミ神ということか。そんな神獣が山にいるなんて聞いていない。  しかも大きさは二階建ての家屋と同等で、アクセルなど一口で飲み込まれてしまいそうだった。  ――なんだよ、この展開は……!  甘かった。イノシシにさえ喰われなければ、夢のようにはならないと思っていた。  でも考えてみれば、イノシシでなくてもかまわないのだ。オオカミでもトラでも、大きければ何でも。

ともだちにシェアしよう!