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第288話
「お前、結構軽く考えてるでしょ。光も音もないところを一日中歩き続けるって大変だよ? メンタル弱い人だと発狂しちゃうかも」
「えっ? そんなに?」
「だってさ、お前、目を閉じて耳を塞いだままでどれくらい我慢できる?」
「どれくらいって……」
言われても想像できない。今までそんな実験はしたことがなかった。
すると兄は背後に回ってきて、両手で耳を塞いできた。
「ほら、目を閉じて。この状態でどれくらい我慢できるか試してみよう」
「あ、ああ……」
言われるがまま、目を閉じてじっとする。
何も見えず、音も遠くなり、自分が今どこにいるのかわからなくなってきた。自分を見失ってしまうような、自分と魂が乖離していくような、今までにない恐怖が徐々にこみ上げてきた。
とうとう我慢できなくなり、アクセルは目を開けて兄に聞いた。
「……どのくらい経った?」
「えー……五分くらいしか経ってないよ」
「えっ? それだけ?」
「うん、それだけ。もっと経ってると思った?」
「十五分くらい経ったかと……」
「あー、それ初心者あるあるだね。無音の暗闇ではいつもより時間が長く感じる。洞窟の中はもっとすごいんだ。上位ランカーでも耐えられない人が意外といる。踏破できた人って、そんなに多くないんじゃないかな」
……だんだんぞっとしてきた。
先程試した時は、結局五分も我慢できなかったのだ。これでもし本格的に視覚と聴覚を奪われ、それでも自分の足で進まなければ無音の暗闇から出られない状況に置かれたら、自分は一体どうなってしまうのだろう……。
兄がにこりと微笑み、エプロンをつけた。
「だからこそ、一日耐えられればメンタルが一気に強くなるのさ。ちょっとやそっとのことでは動じない心が手に入るよ。狂戦士モードをコントロールするなんて朝飯前だね」
「う、うん……きっとそうなんだろうな……」
けれどそれは、あくまで洞窟を踏破できたらの話である。
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