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第305話
「く……っ」
よろよろと起き上がって、壁に手をついて歩き始める。ぶつけたところがヒリヒリ痛み、目からはぽろりと涙がこぼれた。
「兄上……」
幼い頃は、走って転ぶと兄がすぐさま飛んできて助けてくれたものだ。今でもきっと手を差し伸べてくれるだろう。
自分が困っている時、弱っている時はいつだって兄が側にいてくれた。「大丈夫だよ」と励ましてくれたり、「よしよし、いい子だね」と慰めてくれたりした。それが当たり前だったから、アクセル自身も兄に頼りっぱなしだった。
でも、洞窟の中には助けてくれる者は誰もいない。残酷な幻聴と、果てしない暗闇が広がっているだけだ。
――なんだか、兄上が死んでからの状況と少し似ている……。
大切な人を失い、もう一度兄に会いたくて、必死にヴァルハラを目指していたあの頃と。
いつになったら死ねるのかわからず、戦死したところでヴァルハラに招かれる保証もなく、出口のない迷路を彷徨っている気分だった。挫けそうになっても慰めてくれる兄はおらず、心が折れそうになる度に、兄の墓石の前に行って己を奮い立たせてきたものだった。
もっとも、墓石の前に行けるだけ、洞窟の中よりはマシかもしれないが。
――そう考えると俺、兄上が亡くなってからほとんど変わってないんだな……。
身体は二十七歳になった。でも中身は、十六歳の少年まま成長していないように思う。
二十七歳の男子なら当然持っているはずの性知識もなかったし――いや、それどころか、十六歳から二十七歳までの記憶を、あまり思い出すことができなかった。本当に鍛錬しかしていなかったせいか、印象的な出来事が皆無だった。人との関わりを最小限に留めていたことも原因のひとつかもしれない。
――道理で、狂戦士のコントロールも難しいわけだ……。
狂戦士は己との戦いである。自分の本性を受け入れ、いいところも悪いところも全部認めてあげなくては、きちんとコントロールすることはできない。かつて盛大に失敗してしまったように、戦いの快楽に呑まれて獣に堕ちてしまう。
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