325 / 2199
第325話
「ほら、終わったよ。見てみて」
「え……?」
兄に支えられつつ頭を起こす。下肢に目をやったら、根本を縛っていた紐の端がスパッと切れていた。軽く紐を引っ張れば、するすると根本から外れていく。
「あ……」
「ね? 大丈夫だったでしょ? どこも怪我してないよね?」
「…………」
本当だ。本当に紐だけが切れている。どこも怪我していないし、痛くもない。
「っ……兄上ぇ……」
ホッとしたらまたボロボロ涙が出て来て、アクセルは兄の首に腕を回した。
「兄上はひどい……。いきなりこんな、わけのわからないことをして……。さすがにあんまりだ……」
「うん、ごめんね。もうすぐお前と離れ離れなんだなー……と思ったら、いろいろ不安になってきちゃって」
「……さっきも言っていたが、離れ離れって何のことだ……? 俺はどこにもいかないぞ……?」
「ああ、うん。実はね……」
兄が懐から一通の封筒を出してくる。
何かと思って中身を確認したら、そこには契約書のような細々した文面が書かれていた。冒頭のタイトルに「人質交換の件について」と記されている。
「人質交換……? どういうことだ?」
「ヴァルハラには、一年に一度『人質を交換し合う』っていう決まりがあるんだよ」
兄の説明と、手紙の文面を読んでいくにつれ、だんだん事情がわかってきた。
要するに今年は、自分が交換に出されるということだ。行き先は光の神・バルドルの元で、そこで一年間過ごす。そうすればまたヴァルハラに帰ってこられる。
ざっくり言うと、そういうことらしい。
「だから、いろいろ心配になってさ」
と、兄がこちらを抱き締めながら頭を撫でてくる。
「お前、腕っぷしはともかく、時々危ういところがあるでしょう。お人好しだから悪意にも付け込まれやすい。だから一年もヴァルハラを離れて本当に大丈夫かなって、心配になったんだ。今回ばかりは、さすがに一緒についていくわけにはいかないから……」
「兄上……」
「何かあっても、私は助けてあげられない。一人で切り抜けるしかない。お前、本当に大丈夫? バルドル様の元でやっていける?」
「…………」
ともだちにシェアしよう!