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第325話

「ほら、終わったよ。見てみて」 「え……?」  兄に支えられつつ頭を起こす。下肢に目をやったら、根本を縛っていた紐の端がスパッと切れていた。軽く紐を引っ張れば、するすると根本から外れていく。 「あ……」 「ね? 大丈夫だったでしょ? どこも怪我してないよね?」 「…………」  本当だ。本当に紐だけが切れている。どこも怪我していないし、痛くもない。 「っ……兄上ぇ……」  ホッとしたらまたボロボロ涙が出て来て、アクセルは兄の首に腕を回した。 「兄上はひどい……。いきなりこんな、わけのわからないことをして……。さすがにあんまりだ……」 「うん、ごめんね。もうすぐお前と離れ離れなんだなー……と思ったら、いろいろ不安になってきちゃって」 「……さっきも言っていたが、離れ離れって何のことだ……? 俺はどこにもいかないぞ……?」 「ああ、うん。実はね……」  兄が懐から一通の封筒を出してくる。  何かと思って中身を確認したら、そこには契約書のような細々した文面が書かれていた。冒頭のタイトルに「人質交換の件について」と記されている。 「人質交換……? どういうことだ?」 「ヴァルハラには、一年に一度『人質を交換し合う』っていう決まりがあるんだよ」  兄の説明と、手紙の文面を読んでいくにつれ、だんだん事情がわかってきた。  要するに今年は、自分が交換に出されるということだ。行き先は光の神・バルドルの元で、そこで一年間過ごす。そうすればまたヴァルハラに帰ってこられる。  ざっくり言うと、そういうことらしい。 「だから、いろいろ心配になってさ」  と、兄がこちらを抱き締めながら頭を撫でてくる。 「お前、腕っぷしはともかく、時々危ういところがあるでしょう。お人好しだから悪意にも付け込まれやすい。だから一年もヴァルハラを離れて本当に大丈夫かなって、心配になったんだ。今回ばかりは、さすがに一緒についていくわけにはいかないから……」 「兄上……」 「何かあっても、私は助けてあげられない。一人で切り抜けるしかない。お前、本当に大丈夫? バルドル様の元でやっていける?」 「…………」

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