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第330話
「兄上……」
ぐすん、と鼻をすすり上げ、滲んできた涙を湯と一緒に流した。
何とか気持ちを切り替え、浴室から出て普段のシャツに着替える。
髪を拭きながらリビングに戻ったら、兄がテーブルに食器を並べていた。
「やあ。さっぱりしたかい?」
「ああ、ありがとう。……それで、これから食事を作るのか?」
「いや、途中までは作ってあったんだ。ご飯は土鍋で炊いてあるから、後は牛乳で煮込むだけさ」
「牛乳……? もしかして、ミルク粥を?」
「うん、そう。起きたばかりでも食べやすいようにと思って。昔、風邪をひいた時なんかはよく食べたよね」
「そうだな……懐かしい」
アクセルは目を細めて生前の頃を思い出した。
母親の手料理はあまり食べた覚えがないのだが、このミルク粥だけはしっかり記憶に残っている。消化がよくて食べやすいので、食欲のない時によく食べたものだ。牛乳で煮込んだチーズが米に絡み、程よい塩気がとても美味しかった。
アクセルは髪を拭いていたタオルを置き、代わりにエプロンをつけて言った。
「俺も手伝うよ。ミルク粥、作ってみたい」
「おや、作り方がわかるのかい?」
「昔はたくさん食べていたからな。味がわかれば、何となく作れるはずだ」
「おお、さすがアクセル。じゃあ一緒に作ろうか」
二人で厨房に立ち、食材に向き合った。
鍋にミルクとみじん切りした玉葱を入れ、火をかけて煮込む。沸騰したところで、土鍋で炊いたご飯を入れ、味付けのために塩・こしょうを加えた。
様子を見ながら味を調え、最後にチーズを細かく刻んで上にまぶす。そのまま五、六分弱火で煮込んでいると、チーズがとろけてきて、いかにも美味しそうな仕上がりになってきた。
――二人で料理するのも、たまにはいいな……。
ささやかな日常というか、やはりこういう当たり前の日々を送れるのが、一番幸せなことかもしれないなと思う。特別なことはなくても、ただ隣に大好きな兄がいて、他愛ない話をしたり、一緒に食事をしたり……そういうことができるだけで、アクセルは十分幸せだ。
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