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第348話
「まあ大丈夫じゃない? 色味もいいし、黄身もぷっくりしているし。きっと新鮮なやつだよ。腹痛は起こさないと思うよ、多分」
「多分って……俺、明日死合いがあるんだが……」
「腹痛起こしたら戦えなくなっちゃう?」
「……できれば元気な状態で戦いたいな」
「うん、確かに。でも狂戦士になれば腹痛なんか関係なくなるよね。そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
そう言って、兄はにこやかに生卵をかき混ぜて溶き卵を作った。
――狂戦士って、腹痛を我慢するためになるものじゃないと思うが……。
何かいろいろ間違っている気がするが、反論しても無駄なのでアクセルは口をつぐんだ。今は、生卵を食べても腹痛が起きないことを祈ろう……うん。
「できたできた。さ、食べようか」
鍋をテーブルの真ん中に置き、二人で向かい合って食事をすることになった。
甘めの割り下で煮込んだ肉と野菜、それに生卵をくぐらせて食べたらとても美味しくて、アクセルは久しぶりに感動してしまった。ご飯の良し悪しで感情を動かされることは滅多にないが、やはり「これは!」と思うものを食べると気分が向上してくる。兄と一緒だから余計に美味しいのかもしれない。
――卵も問題なさそうだし……これなら大丈夫だな。
割り下の甘じょっぱさと卵のマイルドさが絡み合って、絶妙な味わいが出てくる。
夢中になって舌鼓を打っていたら、あっという間に鍋の中が空っぽになってしまった。
「はあ~……すき焼きってこんなに美味しいものだったんだねぇ」
後片付けをしている時、兄がしみじみと言う。
「これはまた食べたいな。お前が人質から帰ってきたら、もっと大きな鍋ですき焼きやろうね。今度はお肉もいっぱい用意しておくからさ」
「ああ、そうだな」
帰った時の楽しみをあらかじめ設定しておく。それで随分気は休まる。
――たった一年だ、何とかなるさ。
意外なほど落ち着いた気分で、アクセルはせっせと鍋を洗った。
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