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第371話

「バルドル様、失礼します」  コンコン、と軽くノックしたら、中から「どうぞ」という声が聞こえたので、アクセルはそっと入室した。  バルドルは机に座って、ペンを片手に何かの書類や分厚い本と睨めっこしていた。 「あ……すみません。お仕事の邪魔を」 「いやいや、気にしなくて大丈夫。手紙、書けたかい?」 「はい、今からポストに入れて来ます」 「私も一緒に行くよ。ポストがどこかわからないだろう?」 「いえ、でも世界樹(ユグドラシル)の近くにあるって……」 「そうだけど、ちょっとわかりにくいから。仕事にも煮詰まっていたところだから、気分を変えるにはちょうどいいよ。散歩に行こう」  そう言ってバルドルは、椅子から立ち上がった。 「さ、ついておいで。ついでにあちこち案内してあげる」 「は、はい……」  勝手に歩き始めたので、アクセルも後ろからついて行った。  バルドルは屋敷を出て、ほとんど人通りのない道を歩き、遠くに見えている世界樹目指して進んで行った。  ――来る時も思ったけど、全然人と遭遇しないな……。  道はきちんと舗装されて歩きやすくなっている。道端には植え込みもあって、何かの花が咲いているが、そこを散歩している人はいなかった。天気もいいし、一人くらい誰かと会ってもおかしくないのに、何故誰もいないのだろう。 「誰もいないなぁって思ったでしょ?」  アクセルの疑問を読んだかのように、バルドルが口を開いた。 「ヴァルハラは、狭い世界に五〇〇〇人? 以上の戦士が閉じ込められているんだろう? それに比べると、ここは人口密度が全然違うから誰もいないように見えるよね。うちのお隣さんは十キロ先だし」 「十キロ!? そんなに離れているんですか?」 「そうだよ。ヴァルハラはせいぜい、離れていても数百メートルだろう? それなら外を歩けば誰かしらに遭遇するけど、ここではそういうわけにいかないんだよね」 「は、はあ……」  ヴァルハラのことを「狭い世界」だなんて思ったことは一度もないが、神々の世界に比べたら、ヴァルハラはごく小さな箱庭のようだ。

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