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第372話
――道理で誰にも遭遇しないはずだ……。
そんな調子じゃ、「ちょっとお隣さんとお茶を」みたいなことも気軽にできない。滅多に客が訪ねて来ないのも頷ける。
バルドルは微笑みながら、続けた。
「でも神々が集う饗宴の時は賑わうし、時々なら他の神も遊びに来てくれる。一人の時間は多いけど、その分誰かと一緒にいる時間が楽しいんだよね」
「そうですか……」
「だからアクセル、よかったらこれからも散歩やお茶に付き合って欲しいな。せっかくうちに来てくれたんだから、なるべく多くの時間を共有したいんだ」
「ええ、もちろん。俺でよろしければ」
アクセルも小さく微笑み返す。一年間二人きりだが、バルドルとなら楽しい時間を過ごせそうだ。
「ところで、あれがポストなんだけどね」
「……はい?」
世界樹 の前まで来て、バルドルはやや高いところに伸びている枝を指し示した。太い幹から枝分かれしている根本に、赤い巣箱のようなものがある。
まさかあれがポストじゃないだろうな?
「……あれですか?」
「うん、そうなんだ。入れにくいよねぇ?」
「入れにくいというか……あれじゃ誰も入れられないのでは……?」
「手紙を届けてくれるのは『ふくろう』たちだからね……。だから彼らが回収しやすいように、巣箱っぽい作りにしちゃったみたい。でも私たちが入れにくかったら意味がないよねぇ?」
「……はあ。まあとりあえず今回は頑張って入れてきますが……」
「気を付けて」
アクセルは手紙を落とさないように懐にしまい、世界樹によじ登ろうと手をかけた。手紙をポストに入れるだけの簡単な作業のはずが、木登りまでする羽目になるとは思わなかった。
――あのポスト、作り直していいなら作り直したい……!
もっと大きくて、地面に設置されていて、ふくろうが回収しやすい巣箱タイプにDIYしてやる……!
あまり木登りは得意ではなかったものの、兄に手紙を届けるためだと自分に言い聞かせ、アクセルはひたすらポストまで登って行った。
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